シャーロット・アームストロングは、第二次大戦中に小説家として出発しましたが、一般的には1946年の長編第3作『疑われざる者』が最初の成功作とされていて、MWA賞を獲った『毒薬の小壜』を代表作とする、戦後アメリカのサスペンス小説家というのが、大方の見方でしょう。もっとも、私は、彼女について、創元推理文庫で解説を書く機会が多くて、そのたびに、サスペンス小説ではないとくり返してきました。サスペンス小説と呼ぶには、主人公たちが能動的にすぎるように思えるからです。詳しくは、それらの解説に目を通していただくとして、短編に目を向けると、EQMMコンテストに初登場したのが、第5回コンテスト特別賞佳作の「オール・ザ・ウェイ・ホーム」(帰り道)で、翌年の第6回コンテストの第1席を「敵」で射止めます。以後、コンテストでは、第8回の「笑っている場合ではない」(第3席)、第10回の「あなたならどうしますか?」(第2席)、そして第12回に第2席に入った「ミス・マーフィ」(すでに失われたり)と、のちに短編集『あなたならどうしますか?』に収録される作品が並びます。
『あなたならどうしますか?』は1957年にまとめられました。日本でも、比較的早く『悪の仮面』という題名で訳出されましたが、「敵」を含む何編かがカットされ、完訳版が出たのは95年のことでした。その中で、一番古い作品は「オール・ザ・ウェイ・ホーム」のようで、それ以前の短編は、今回探したかぎりでは見つかりませんでした。
「オール・ザ・ウェイ・ホーム」は、ちょっと、ウールリッチが書きそうな(日本語版EQMMに初めて訳されたときも「ウールリッチばりのムード」と書かれていました)サスペンス小説です。主人公は若妻の美容師なのですが、彼女の夫には冤罪で一時刑務所に入れられていた過去があって、警察に関わることを極端に恐れています。ある夜、夫の運転する自動車が死体(すぐに他殺と分かる)を轢いてしまう。彼女は近所の家に知らせに走りますが、関わり合いを恐れて、夫が途中から連れ戻す。結局、彼女は、謎の男に連れ去られて消えた、死体の発見者となってしまうのです。彼女が知らせに走ったのは、実は被害者の家で、その妻に彼女は顔を見られている。そして、なんたる偶然か、彼女の勤める美容室にその女が現われ、彼女が髪をあたることになるのです。
 自分(たち)だけが、犯罪のある部分を目撃し、それを警察に知らせずに危機的状況に陥る。ウールリッチが発明したのかどうかは定かではないにしても、好んで多用したシチュエーションであり、サスペンスを醸成させるには抜群の効果があります。EQMMコンテストについて書いていると、ウールリッチが書きそうなといった形容が何度か出てきますが、それだけ、ウールリッチがサスペンス小説の原型を書いていたということです。そして、その後、多くの後続者たちが洗練された作品を世に出したことで、ウールリッチの多くの作品は破綻が目立つようになったのも、事実ですけれど。もっとも、「オール・ザ・ウェイ・ホーム」は、ヒロインが危機から逃れる手順の描き方が巧くないので、平凡な作品に終わっています。
 翌年の「敵」は、マイク・ラッセルものの、おそらくは初めての作品でしょう。この弁護士は、登場数も少なく、シリーズ・キャラクターとしては、あまり知られていませんが、「宵の一刻」「生垣を隔てて」と登場作品を見ていくと、彼の年齢のわりに老成した雰囲気と若者たちへの接し方から、ある共通性を窺うことが出来ます。しかも、三作ともにディテクションの小説で(もっともストレイトなのが「敵」で、ひねったのが「生垣を隔てて」ですが)、謎とその解明を通じて、ラッセルの個性が浮かび上がってくる仕掛けになっています。その特性がもっとも効果をあげているのが「敵」ですが、この作品については、あとで詳しく読むことにしましょう。
「笑っている場合ではない」は、のべつ嘘をついている女性の、いかにもいつも通りの虚言(怪しい男が自分を追って来る)を、ダブルデートで初対面の男だけが、今度はホントなのではと気にするという話です。「オール・ザ・ウェイ・ホーム」同様に、奇妙な状況設定一発で、その後の展開からサスペンスの在りようまで決めてしまうところ、アイデアとその活かし方が見事ととるか、それだけと考えるかは分かれるところかもしれません。
「ポーキングホーン氏の十の手がかり」はパズルストーリイの愉快なパロディで、アームストロングにしては珍しい、お遊びの一編でした。けれども、もともと、この作家は、必ずしもパズルストーリイやディテクションの小説を得意としているわけではありません。長編においても、部分的にディテクションふうになることはあっても、動きの多い展開で読ませる作風なので、論理性といっても、それが主人公の行動の指針になる程度です。彼女の歩みを見ていると、短編においても、サスペンス小説やクライムストーリイを洗練させる方向に進んでいきます。しかし、そんな作家が(おそらくは、短編ミステリの書き手としての、キャリアの初期に)慣れぬ手つきで書いたパズルストーリイ「敵」は、どこに新鮮な魅力があったのでしょうか?




ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社