ここだけのあとがき

2011.06.06

山口芳宏『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』[2011年6月]

ここだけのあとがき
探偵のライバルはもちろん博士、
マッドサイエンティストでしょう

(11年6月刊『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』)

山口芳宏 yoshihiro YAMAGUCHI

 

 この作品では、本にも「あとがき」を書きましたが、ここではそこに書けなかったことを……(本物の「あとがき」は、本をご購入してお読みください)。
 さて、本作ができた経緯を簡単に書きますと――最初、担当編集さんの要望は、「できれば探偵の荒城や真野原が活躍する話で、昭和20年代の港町・横浜の情景が浮かぶようなものを」とのことでした。
 この依頼は望むところでしたが、しかし当時の横浜を舞台にしただけではおもしろくありません。そこでいろいろと考えたあげく、日本軍の秘密研究をモチーフにすることとしました。
 となると、探偵のライバルはもちろん博士、マッドサイエンティストでしょう。ミステリ界には、「目羅博士」(江戸川乱歩)、『増加博士と目減卿』(二階堂黎人)、『冷たい密室と博士たち』(森博嗣)――など数々の「博士ミステリ」があるので、目指すはそこです。
 これらの要素に当時のGHQや日本政府を絡ませ、「陰謀」渦巻く娯楽小説を書こうと考えました。

 誤解を承知で書くと、ぼくは「陰謀論」が大好きです。もちろん全部の陰謀論を信じているわけではないですよ。しかし中には真実(に近いもの)であることがごく稀にありますし、そもそも陰謀論には人間や社会の一面がにじみ出るからです。
 誰が20年前に北朝鮮による拉致の存在を信じたでしょう? 誰がオウム真理教の異常な犯罪行為を信じたでしょう?
 そして実際GHQ(アメリカ中心の占領軍)が存在した当時――いやGHQがなくなってからもしばらくは、アメリカの情報工作は確かに存在していました。かつて占領下での謀略を描いた『日本の黒い霧』(松本清張)というノンフィクション作品もありましたね。この作品も当時は一部の人たちから「そんな陰謀めいた話があるわけがない」と馬鹿にされたようですが――いまになってみればどうでしょう。確かに疑問に思える部分もあるものの、近年に公開されたアメリカの機密文書によると、想像されていた以上の暗躍があったことがわかっています。
 実際、本作を書くに当たって資料を読んでいると、「え、アメリカはこんなことまでやってたんだ」と驚くことがしばしばでした(皮肉なことに、近年になってやっと機密文書が公開されて、わかるようになりました。日本軍の秘密研究に関しても、じつは最近になって明らかになった資料が多々あります)。

 そして陰謀とは言わないまでも、福島の原発事故における政府対応を見ていても、わかりますよね。政府は決して、すべての情報を即座に公開しません。「パニックになるのが怖いから」「まだ真実だとわかっていないから」という大義名分のもと、情報を出すのを渋ります。
 これらがすべて、意図的に隠蔽したものだとは言いません。しかし人間には、自己防衛本能があります。とっさに「いま情報を出すのが損か得か?」を考え出すと、各々の価値判断で情報公開を遅らせたり、先送りにします。
 しかもいったん先送りにしたら、今度はそれに矛盾がないように、情報を選別したり誇張(または矮小化)するようになります。泥沼です。子どもがいったんウソをつくと、次からはそれに合うようなウソを重ねるのと同じですね。
 そうして選別された情報がマスコミに流れるとどうなるか? やはり多くの人は、真に受けてしまいます。一種のキャンペーン活動です。
 重ねて言いますが、ほとんどの政府関係者に意図的な(明確な)悪意はないでしょう。しかし各々がその場その場で「損得勘定による判断」や「恐怖による躊躇」を積み重ねていくと、いつの間にか真実がねじ曲がってしまいます。
 これでは「隠している」と言われても、しょうがない。結果として、国民にはそう見えてしまいます。

 つまりぼくが何を言いたいのかというと、「政府がいつも真実を語るとは限らないから、国民は各々で判断したほうがいいのではないか」ということです。こればかりは、きちんと自分で調べ、自分の頭で考えるしかない。あるいは、信頼できる人の説に耳を傾けるしかない。
 だから普段から陰謀論を馬鹿にせず、むしろ楽しむくらいの気持ちで、「もしかしたら、裏には何かあるかもしれないなあ」と考えておくのがいいのではないでしょうか。そうした気持ちで、『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』に書かれた陰謀を楽しんでもらえると幸いです。

 そして最後に。この本の紹介の中には「〈大冒険シリーズ〉番外編」と書かれたものもありますが、ぼく自身はこれこそ〈大冒険シリーズ〉の本編だと思っています(笑)。シリーズでは『豪華客船エリス号の大冒険』に並ぶ重要な位置をしめているのではないかとも考えています(理由は秘密ですが)。
 しかも、この作品は一冊目として読んでも大丈夫なようにつくってあります。担当編集さんがわかりやすい前口上(シリーズあらすじ)をつけてくれましたし、過去作のネタバレもしていないので、ぼくの小説が初めてという方もぜひどうぞ!

(2011年6月)

山口芳宏(やまぐち・よしひろ)
作家。1973年三重県生まれ。横浜国立大学卒。2007年、『雲上都市の大冒険』で第17回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作は他に、『豪華客船エリス号の大冒険』『妖精島の殺人』『学園島の殺人』『100人館の殺人』がある。最新刊は、創元推理文庫『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』。


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