ここだけのあとがき

2008.11.05

山口芳宏『豪華客船エリス号の大冒険』[2008年11月]

どうして探偵のライバルとなり得る『シリーズ犯罪者』は
絶滅危惧種となったのか――

眉目秀麗の探偵と義手の探偵は伝説の犯罪者に招待され、
欧州へ向かう豪華客船での殺人に挑む!
(鮎川哲也賞受賞第1作 08年11月刊『豪華客船エリス号の大冒険』)

山口芳宏 yoshihiro YAMAGUCHI

 

 ご存じのように、現在日本の探偵小説界では、シャーロック・ホームズの子孫はたくさんいます。それは本格ミステリーの隆盛とともに頭脳を駆使する『シリーズ探偵』がたくさん生まれたという意味で、このこと自体はとてもすばらしいことだと思います。
 しかし、それに敵対する犯罪者はどこへ行ったのでしょう。ホームズの系譜はたくさんいるのに、なぜモリアーティ教授やルパンの子孫はこんなに少ないのでしょうか。どうして探偵のライバルとなり得る『シリーズ犯罪者』は絶滅危惧種となったのか――文明社会においてリアリティがないからという理由は本当なのか――そこでぼくは、なんとかこの『シリーズ犯罪者』の復活に挑戦できないかと考えました。
 元々、ぼくの書く物語にはリアリティもクソもないのですが、しかし『シリーズ犯罪者』を登場させるからにはそれなりの説得力が必要です。はたしてラインバッハの滝壺に落ちたモリアーティ教授は、文明社会に再登場することができるのか――そして復活するには何が必要か――それがこの物語のテーマです。

ハイチ

――という堅い話はさておき、「あとがき」らしくこぼれ話を。
 さて、今回『豪華客船』という舞台を選んだわけですが、みなさまの中には、かつて日本にも豪華客船全盛の時代があったということを知らない方も多いのではないでしょうか。ぼくは知りませんでした。じつをいうと、本文にも書いたように明治後期から昭和初期にかけて、日本でも豪華客船が盛んに就航した時期がありました。大きさはタイタニックほどではないにしても、当時世界でも最先端の技術が投入された豪華絢爛な客船が何隻もあったのです。たとえば戦前に冷房完備の客船があったなんて、なかなか信じられないですよね。でもちゃんとあったのです。
 で、これが、調べれば調べるほどおもしろい。移民や戦争との関係まで広げると、ネタの宝庫で、マリタイムミュージアム(横浜にある海洋博物館)に納められている図書がぼくには札束に見えました。それで200冊以上の文献をあたり、各地に現存する古い船や軍艦、博物館を見に行ったのですが(ぼくの作風は考証がいい加減に見えますが、いちおうきちんと調べているのです)、調べるだけではモノ足りず「やっぱり実際に乗ってみないとな」と考えて、カリブ海へクルーズ旅行へ行きました。もちろん自腹ですよ、自腹!

プロムナードデッキ

 しかしひとりで行くと割高なので、実家の父をうまく騙して――じゃなくて「取材だから協力して!」とお願いして、なんといい年をしたオッサンが、老齢の父といっしょに取材旅行へと赴くことになりました。父子で海外を旅するなんて、ぼくたちくらいです。
 で、カリブ海で乗った豪華客船のすごいこと! 乗った船リバティ・オブ・ザ・シーズは16万総トンで、「動く宮殿」と言われたタイタニック(5万トン弱)の3倍以上です。船にはプールやスポーツジムはもちろんのこと、室内アイススケートリンク、ロッククライミング用の設備、カジノ、図書室まであります。「動く宮殿」どころか、まさに「動くリゾートホテル」「動くテーマパーク」です。
 そこで、毎日のように、マジックショウやらミュージカルやらアイススケートショウやらクイズ大会やら美男子コンテストやら数独大会(Sudokuとして欧米で親しまれています)やら料理教室やら、イベントづくしです。これら、全部無料!(正確には、乗船料金に含まれる)

トゥルム遺跡

 それだけじゃありません。朝昼晩、なんでも食べ放題&飲み放題(アルコールのみ有料)、アイスもピザもケーキもそしてルームサービス(!)も、全部無料。朝食にステーキ3枚食っても無料。スタッフのサービスも完璧、料理もかなりうまい(アメリカにしては)。
 これで各寄港地を回って、クルーズ料金7泊8日800ドル弱(日本円で9万円弱)なのですから、すごい話です。ぼくは成田発のツアーを利用して、9泊11日で約20万円でした。はっきりいって、おすすめです(日本の客船ツアーにしなかったのは、日本だと高いからです。50~100万円くらい)。
 ちなみに、掲載してある写真はすべてぼくが撮ったものです。パンフレットの写真じゃありません! 1枚目は、寄港地のハイチで船を撮った写真。2枚目は、船内のメインストリート(プロムナードデッキ)です。3枚目は、寄港地で撮影したマヤ遺跡(トゥルム遺跡)。
 しかし「そんな、時代も航路も違うのに、小説の参考になるの?」という疑問もあるでしょう。確かに直接は関係ありません。でも「豪華客船に乗るということが、どういうことか」「夜にデッキに上がって星空や航跡を見ると、どんな気分になるか」ということがわかって、夢とロマンをたっぷり充填してきました。あ、トリックも1個思いつきました。このことが読者のみなさまに伝わればと思います。

(2008年11月)

■山口芳宏(やまぐち・よしひろ)
1973年三重県生まれ。横浜国立大学工学部卒業。2007年、『雲上都市の大冒険』で第17回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。本書は鮎川哲也賞受賞第一作にして、待望のシリーズ第2作。

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