ここだけのあとがき

2014.08.05

ジョエル・ディケール/橘明美訳『ハリー・クバート事件』観光案内 ここだけの訳者あとがき

橘明美 akemi TACHIBANA


ハリー・クバート事件 下
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ハリー・クバート事件 上
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『ハリー・クバート事件』はスイス発、フランス経由、だが中身はアメリカという異色のミステリなので、こんな観光案内があってもいいだろうと思い、ご用意した。もちろん案内など無視して1ページ目に飛び込まれてもなんの問題もない。それこそが本来の本の楽しみ方なのだから。

1.搭乗前にゲートを確認
 この作品は本格ミステリではないし、アカデミー・フランセーズ賞を受賞したからといって特別に文学性が高いわけでもない。ヨーロッパで200万部を超えるメガヒットになったのは、若い世代でもさらさら読めて、かつプロットに工夫があり、夢中になれるエンタテインメントとして評価され、寝不足になる読者が続出したからである。だが英語版発売に当たっては“文学的ミステリに新境地を開く作品”といったトーンの紹介がなされ、一部の読者が文学性の高いものを期待して飛行機を乗り間違えるという事態も発生した。このミスガイドはその後修正されつつあるようだが、いずれにしても、空港ではターミナルとゲートを確認の上、お乗り間違えのないように。

2.フランスのサングラス
 舞台がアメリカで登場人物もアメリカ人ばかりなので英米ミステリとして読めなくもないが、原文はフランス語であり、やはり雰囲気が違う。特にキャラクターの味付けに特徴があり、ミステリというよりはユーモアの効いたフランス映画風。「なんだか奇妙な人物が出てきてコメディやってるなあ」と思われたら、サングラスをアメリカ製からフランス製にかけかえて、たとえば映画『アメリ』を見るような感覚でお楽しみいただければ幸いである。

3.標識に注意
 物語は全編を通して現在と過去を行ったり来たりする。太字の年月日や(アステリスク)が出てきたら、それがタイプトリップの標識である。この作品にはところどころに内容の繰り返しが見られるが、うまくタイムトリップできていれば、それが“意図的な”繰り返しなのかどうかもすぐにわかる。たとえば、1975年と2008年に別の作家が同じように「書けない書けない」と頭を抱えている。1953年と1975年に別の人物が同じように「わたしももらえるかしら」と煙草に手を出す。2006年と2008年に別の人物が同じように独り寂しく宅配ピザで夕食にしている。これらは“意図的な”繰り返しである。ついでながら、レモネードが何度も出てくるのは単なる繰り返しで、意味はない。子供時代に過ごしたアメリカの夏への作者の想いが強すぎるだけである。

4.GPS
 この作品は第31章から始まって第1章で終わるカウントダウン方式だが、それは時系列を逆にしているからではなく、あとどれくらいで結末にたどりつくかを示すためである。つまり章の数字が現在地を示すGPS機能を果たしている。そんなばかばかしい……と思ったが、実はこれが助けになった。後半にどんでん返しが多いので、GPSがないと物語が終わったのかまだ続くのかがわかりにくい。途中ですべて解決したと思い、「ああ面白かった」と本を閉じそうになる。章の数が1になるまではまだ続きがあるので、旅をお続けください(エピローグもお忘れなく)。

5.多色摺りの木版画
 この本の面白さは多色摺りの木版画を摺り上げる作業に似ている。江戸時代の錦絵は15色以上も重ねたというが、『ハリー・クバート事件』もかなりの多色摺りで、何枚もの版木が用意されている。ミステリのなかには単色摺りがすでに複雑で緻密で、それを数色重ねて完成するものもあるが、『ハリー・クバート事件』の場合は単色摺りはかなり単純で、その代わり色を多く重ねる形をとっている。そうなると、当然のことながら、個々の単色摺りはそれだけ見てもなんの絵かわからない。平凡な会話が並べられているだけで、無意味に思える場面も少なくない。ところが、話が進むにつれて個々の場面が意味をもちはじめ、真相にたどりついたときには平凡な会話も全体の絵のどこかにきちんと生きている。そんな発見もこの旅の楽しみの一つである。

 では、どうぞよい旅を!


(2014年8月)

橘明美(たちばな・あけみ)
仏語・英語翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒。訳書に、ジャック・ル・ゴフ『絵解きヨーロッパ中世の夢』、ティム・ゲナール『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』、キャスリーン・E・ウッディウィス『川面に揺れる花』、マイケル・ラルゴ『死因百科』等がある。


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