ここだけのあとがき
2008.12.05
千街晶之ほか『本格ミステリ・フラッシュバック』[2008年12月]
手引きとして参照していただきたいと思うのである。
松本清張が頭角を現した1957年から、綾辻行人の登場した1987年まで、
約30年間に書かれた名作・傑作を紹介する珠玉のブックガイド。
(08年12月刊『本格ミステリ・フラッシュバック』キイ・ライブラリー)
千街晶之 akiyuki SENGAI
今まで私が関わったブックガイド系の仕事を思い返すと、『怪奇幻想ミステリ150選』(原書房)は別として、『ニューウェイヴ・ミステリ読本』(原書房)にせよ、探偵小説研究会の一員として参加した『本格ミステリ・ベスト100 1975-1994』や『本格ミステリ・クロニクル300』(原書房)にせよ、どれも自分にとっての「同時代性」というものと切っても切れない関係が存在していた気がする。つまり、1987年にスタートした「新本格」を、私は最初からリアルタイムで読んでおり、それがどのように受容されてきたかといった時代の空気も実感してきたつもりなので、そのことをひとつの強みとして執筆することが出来た面はあったと思うのである。
しかし、『本格ミステリ・フラッシュバック』の場合は、1957年から87年という、私が生まれる以前から、ようやくミステリマニアになりかけの頃までのミステリを紹介するという作業であるため、少なくとも80年代前半までに発表された作品の多くは、あとになって読んだものばかりである。そのあたりの事情は、他の六人の執筆者も似たりよったりに違いない(57年当時に生まれていた執筆者はいない)。
これはもしかすると、リアルタイムの空気を知らないという弱みであるのかも知れない。しかし逆に、当時の評価に関する実感がないからこそ、現在なりの視点で過去の作品を再評価出来た――という強みにもなり得たと思うのだ。「この時期にどんな作品があったのか」という探究心も、実感としては知り得ぬ過去を少しでも知りたいという思いから出てきたのだし、当時の評価は評価として尊重しつつ「いま読んで純粋に面白いかどうか」を基準にしたかったというのも、たぶん執筆者全員に共通の思いだろう。従って、リアルタイムでこの時代のミステリをずっと読んできた読者からすると「その評価はちょっとどうか」と言いたくなるところもあるやも知れないが、そのあたりはどうか、後の世代ならではの怖いもの知らずぶりとしてご容赦願えればと……。それと、執筆者個々人によって「どこまでが本格か」という範囲は微妙に異なるけれど、ここでは「こういう読み方をすれば本格としての鑑賞も可能」といったふうに、やや広めに範囲をとっていることもお断りしておきたい。
あと一言。『本格ミステリ・フラッシュバック』は、近年の一連の本格論争が始まる前から雑誌に掲載されていたものだが、論争を経ることで「そもそも本格に対する定義やイメージは個々人によってバラバラであり、ジャンルに関する共通了解があったつもりが、実は一種の共同幻想としてしか存在していなかった」ということが暴かれてしまった現在、もし共通了解を再構築するのであれば、一冊でも多く過去の実作に目を通す必要があることは間違いない。その意味でも、このブックガイドはひとりでも多くの本格ファンに、手引きとして参照していただきたいと思うのである。もちろん、そういった難しいことなど抜きに、自分が読みたい本を見つけ出すために楽しく活用していただくのが、私としては一番嬉しいのだけれど。
■ 千街晶之(せんがい・あきゆき)
1970年北海道生まれ。立教大学卒。95年「終わらない伝言ゲーム――ゴシック・ミステリの系譜」で第2回創元推理評論賞を受賞しデビュー。〈週刊文春〉をはじめ各誌で活躍。2004年『水面の星座 水底の宝石』で第4回本格ミステリ大賞、第57回日本推理作家協会賞をW受賞。『本格ミステリ・フラッシュバック』は、著者を含めた7名の執筆陣による、〈ミステリーズ!〉の人気連載を大幅改稿・増補した珠玉のブックガイドである。
- バックナンバー
- 秋梨惟喬『憧れの少年探偵団』[2011年11月]
- 『ガラスのターゲット』刊行記念特別掌編 安萬純一「日常の謎殺人事件」[2011年7月]
- フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳『犯罪』 ここだけの訳者あとがき【後編】(1/2)[2011年7月]
- 山口芳宏『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』[2011年6月]
- フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳『犯罪』 ここだけの訳者あとがき【前編】(1/2)[2011年6月]
- 高橋良平+東京創元社編集部編『東京創元社 文庫解説総目録』 総目録補完計画
- 伯方雪日『死闘館 我が血を嗣ぐもの』[2010年6月]
- 倉阪鬼一郎『薔薇の家、晩夏の夢』[2010年6月]
- スペンサー・クイン/古草秀子訳『ぼくの名はチェット』[2010年5月]
- 加藤実秋『Dカラーバケーション インディゴの夜』[2010年5月]
- 山口芳宏『100人館の殺人』[2010年4月]
- 梓崎優『叫びと祈り』[2010年3月]
- 深水黎一郎『五声のリチェルカーレ』[2010年2月]
- 保科昌彦『ウィズ・ユー』[2009年12月]
- 滝田務雄『田舎の刑事の闘病記』[2009年11月]
- 相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』[2009年10月]
- 北山猛邦『密室から黒猫を取り出す方法』[2009年9月]
- 南園律『最上階ペンタグラム』[2009年2月]
- 千街晶之ほか『本格ミステリ・フラッシュバック』[2008年12月]
- 北山猛邦『踊るジョーカー』[2008年12月]
- 加藤実秋『インディゴの夜 ホワイトクロウ』[2008年12月]
- 山口芳宏『豪華客船エリス号の大冒険』[2008年11月]
- 七河迦南『七つの海を照らす星』[2008年10月]
- 麻見和史『真夜中のタランテラ』[2008年9月]
- 高井忍『漂流巌流島』[2008年7月]
- 吉永南央『誘(いざな)う森』[2008年7月]
- 竹内真『シチュエーションパズルの攻防』[2008年6月]
- 近藤史恵『ヴァン・ショーをあなたに』[2008年6月]
- 大崎梢『平台がおまちかね』[2008年6月]
- 早瀬乱『サトシ・マイナス』[2008年4月]
- 小林泰三『モザイク事件帳』[2008年3月]
- 太田忠司『奇談蒐集家』[2008年2月]
- 津原泰水『ルピナス探偵団の憂愁』[2008年1月]
- 石持浅海『温かな手』[2007年12月]
- 中野順一『ロンド・カプリチオーソ』[2007年12月]
- 小路幸也『HEARTBLUE(ハートブルー)』[2007年12月]
- 岸田るり子『ランボー・クラブ』[2007年12月]
- 門井慶喜『人形の部屋』[2007年12月]
- 海堂尊『夢見る黄金地球儀』[2007年12月]
- 近藤史恵『タルト・タタンの夢』[2007年10月]
- 滝田務雄『田舎の刑事の趣味とお仕事』[2007年9月]
- 秋梨惟喬『もろこし銀侠伝』[2007年8月]
- 石崎幸二『首鳴き鬼の島』[2007年7月]
- 久綱さざれ『神話の島』[2007年7月]
- 福田栄一『エンド・クレジットに最適な夏』[2007年6月]
- 篠田真由美『風信子(ヒアシンス)の家 神代教授の日常と謎』[2007年4月]
- 大崎梢『サイン会はいかが? 成風堂書店事件メモ』[2007年4月]
- 倉阪鬼一郎『騙し絵の館』[2007年3月]
- 藤野恵美『ハルさん』[2007年3月]
- 北山猛邦『少年検閲官』[2007年1月]
- 北國浩二『夏の魔法』[2006年12月]
- 道尾秀介『シャドウ』[2006年10月]
- 大崎梢『晩夏に捧ぐ 成風堂書店事件メモ(出張編)』[2006年10月]
- 山之内正文『八月の熱い雨 便利屋〈ダブルフォロー〉奮闘記』[2006年9月]
- 日向旦『世紀末大(グラン)バザール 六月の雪』[2006年6月]
- 大崎梢『配達あかずきん 成風堂書店事件メモ』[2006年5月]
- 加藤実秋『インディゴの夜 チョコレートビースト』[2006年4月]
- 岸田るり子『出口のない部屋』[2006年4月]