ここだけのあとがき

2011.07.05

フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳『犯罪』 ここだけの訳者あとがき【後編】(1/2)[2011年7月]

弁護士が数々の“異様な犯罪”を語る、
欧米読書界を驚嘆せしめた傑作!

(11年6月刊『犯罪』)

酒寄進一 shinichi SAKAYORI

■『犯罪』特製リーフレットのダウンロードはこちらから
ここだけの訳者あとがき【前編】

 

 シーラッハさんと一緒にブレックファースト

 先回の「ここだけのあとがき」を入稿した日の夜、シーラッハさんからメールが届いた。

 親愛なる酒寄様
 ひとつお願いがあります。このあいだ会ったときに、あなたが東京からベルリンに飛んだときの話をされていましたね。機長が飛行中、乗客に日本で災害が起きたと機内放送したということでしたが、正確なデータ(便名など)を教えてもらえませんか。それから、機長がなにをどのように語ったかも教えてもらえるとありがたいです。私はそのすべてを、これから書こうと思っている物語に使いたいと思いまして。でもご心配なく。その物語はもちろん、あなたについてではありませんから。
  よろしくお願いします。

 メールはこんな文面だった。私はすぐに返事を書いた。

  親愛なるシーラッハ様
  なんという偶然でしょう。私もメールを送ろうとしていたところでした。
  ご質問について。
  私の飛行機はフィンエアーでした。ですので、ヘルシンキで乗り換えています。
  AY074便 出発12時00分 成田     到着15時20分 ヘルシンキ
  AY917便 出発17時30分 ヘルシンキ  到着18時26分 ベルリン(ただし、到着はおよそ40分遅れる)
  そのときは、こんな感じでした。通常通り、着陸前に機長は現地時間と天候などを伝えてくれました。それから少し間があいて、最後にこういいました。「日本で地震がありました。正確なことはわかりません」
  ただそれだけ。
  あのときは本当に不安でした。ふつうの地震ならわざわざこんな機内放送をするはずがありませんから。
  着陸後、私は他の日本人乗客とともに税関を抜けました。そこに日本大使館のスタッフが待っていました。彼はYahooのニュースページをたくさんコピーして私たちに配っていました。そのページは記念として今でも持っています。もし必要なら探しましょう。

 すでにおわかりの通り、僕は今回の東日本大震災が起こった3月11日、地震の起こる二時間ほど前に成田を発った。ベルリンでいつも借りているアパートには16インチぐらいのテレビしかなく、そのニュースとインターネットの情報だけで帰国する22日(しかしヘルシンキで乗り継ぎがうまくいかず、実際に帰ったのは23日)まで、けっこう不安な日々を過ごすことになった。滞在中は、世界中から招かれたドイツ語翻訳者33人とともに、ドイツの作家や編集者や評論家と様々なディスカッションをしたが、気持ちは絶えず日本へ飛んでいた。ニュース映像のほとんどは、あの津波の映像のくり返しで、わかることといったら刻一刻と変わる福島から関東にいたる風の動き。東京に放射能がいってるじゃないか、とそればかりが目に入った。

 そのうちにドイツ大使館は大阪に拠点を移すし、ルフトハンザの日本便は欠航になるし、知り合いのドイツ人は北海道に疎開するし、北海道の知人からは北海道へ疎開するときはいってくださいとメールが来るし、僕ははたして日本に帰れるだろうかと不安だった。
 そんな怒濤のようなベルリン滞在中、心のオアシスになったのがシーラッハさんだった。

 シーラッハさんとは帰国間際の20日に再びあのイタリアレストランで再会した。今回は一緒にブレックファーストをしましょう、ということで待ち合わせ時間は午前11時。特に殺人事件も起こらず、無事にレストランに辿りつく。入口を入ると、すぐにオーナーが飛んできた。「シーラッハさんは少し散歩に出ています」といって、一番奥のテーブルに僕を案内してくれた。見ると、白いテーブルクロスをかけたテーブルにはナイフとフォークとお皿のセットが三つ。僕は、あれっと思った。しばらく座って待っていると、シーラッハさんが奥さんと連れだってやってきた。ドイツ女性には珍しいくらいシャイな感じの美しい奥さんだった。

 なんだかものすごく古風なおつきあいの段取りを踏まされているな、と僕は思った。次はきっとランチのお誘いで、ひょっとしたら自宅かもしれない。
 開口一番、シーラッハさんが話題にしたのは、もちろん大震災のことだった。といっても僕にはシーラッハさん以上の情報はなかった。一緒になって大変なことだ、弱った、と嘆くほかなかった。

 『犯罪』をすでに読んだ方ならおわかりだろうが、物語のなかで「日本」が絡む作品がある。第二短編集Schuld(『罪』(仮)、2012年小社より刊行予定)でも京都の禅寺に修行に入り、その後某自動車会社の重役にのぼりつめるドイツ人が登場する話がある。シーラッハさんはかなりの日本びいきなのだ。食事中に奥さんがぽろっといった。「以前夫と一緒に日本語を勉強したことがあるんです」と。しかもシーラッハさんの愛読書は三島由紀夫の作品群。翻訳者会議で大量の本をもらい、持ち帰るのに難儀していた僕にシーラッハさんがプレゼントしてくれたのは、ある日本人写真家の分厚くて重い大判の写真集だった。「私がもっとも愛する写真家の写真集です」と、シーラッハさんはいうのだが……。



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