ここだけのあとがき
2006.10.05
道尾秀介『シャドウ』[2006年10月]
物語性豊かな作品世界の中に
伏線や罠を縦横に張り巡らせる。
(06年9月刊『シャドウ』)
道尾秀介 syusuke MICHIO
執筆依頼をいただいたとき、担当編集さんに「内容はどんなものでも構いません」と言われた。「そうかやりたいことをやっていいのか」というので、僕はやりたいことをやってみることにした。そのやりたいことというのは、当時自分の中に凝っていた、あるわだかまりを解消することだった。
僕の小説にはそれほどたくさんの読者がいるわけじゃないけれど、それでもやっぱり、本を読んでくれた人の意見というのは自然と耳や目に入ってくる。
以前に書いた『向日葵の咲かない夏』では、ある程度の支持をいただくと同時に、非難めいた言葉もけっこうもらった。「物語が陰惨」だとか「読者によっては痛みをおぼえる」とか「登場人物が可哀想すぎる」とか。でも僕は、それの何が悪いのかさっぱり理解できなかった。そういった言葉を受けるたび、僕はむきになって反論した。それなら野球の物語を綴るとき、プレーヤーを登場させずに書けるんですか、と。
もちろん心の中で。
『シャドウ』は、そんな言葉への、僕なりの回答のつもりだった。考えていることを小説の中ですべて伝えられるほど、まだ自分の筆に力があるとは思っていないが、読んでいただければ、僕の言いたいことはなんとなくわかってもらえるのではないだろうか。
僕は決して陰惨な出来事が好きなわけじゃない。善良な人を不幸に陥れたいわけでもない。実生活では根っからの平和主義者だし、人が泣いているのを見ると自分も泣きたくなるくらい不幸や不運というものが嫌いだ。
ただ、「ある感情」やそれに対する「救い」を小説で表現しようとしたときには、どうしてもそういった物語が必要になってくる。ほかにやりようがないのだ。「ある感情」を抱えた個人を描くとき、たとえば昔話なら、「意地悪じいさんが」と書けばいいのだけど、小説だとなかなかそうはいかない。「じいさん」が「意地悪」になるに至った経緯やなんかも、きちんと書かなければ誰も納得してくれないし、だいいち僕が納得できないのだ。
だからきっと僕は、「受け入れやすい物語」を書けと言われたら、「受け入れやすい感情」や「ちょっとした救い」しか描くことができないだろう。でも、描いてある感情すべてにすんなりと同感できるような小説に、僕は意味があるとは思えない。昔からそう思っていたし、作家になったいまでもそれは変わらない。僕の価値観では、「一から十まですんなりと同感できた小説」というのは「読んでも意味がなかった小説」と同義だからだ。「同感」のレベルで感じた喜怒哀楽なんてたかが知れている。わざわざお金と時間をかけて活字を追い、得るほどのものじゃないと僕は思う。
そういうわけで。
勝手なことをぐだぐだ書いてしまいましたが。
未読の方、是非『シャドウ』を読んでみてください。ジェットコースターの最後の落下で、わざと安全バーから両手を上げるように、深いことは考えず、ただただストーリーに身を任せていただければ幸いです。
既読の方、もしご批判があれば、どんどん言ってください。お金も時間も返せませんが、せめて何らかのかたちで次作に反映させる努力をしてみます。
最後になりましたが、どんなものでもOKと言っていただいた担当の桂島さん、ありがとうございました。お陰さまでちょっとすっきりしました。
■ 道尾秀介(みちお・しゅうすけ)
1975年東京都生まれ。2004年、長編『背の目』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。05年に発表した第2長編『向日葵の咲かない夏』で第6回本格ミステリ大賞候補、短編「流れ星のつくり方」で第59回日本推理作家協会賞候補に選出され、一躍脚光を浴びる。物語性豊かな作品世界の中に伏線や罠を縦横に張り巡らせる巧緻な作風を持つ、ミステリ界最注目の俊英。『シャドウ』は長編第4作。
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