ここだけのあとがき
2010.06.07
倉阪鬼一郎『薔薇の家、晩夏の夢』[2010年6月]
世界の「秘密」の鍵だった――。
薔薇と暗号に満ちた幻想的ミステリ
(10年6月刊『薔薇の家、晩夏の夢』)
倉阪鬼一郎 kiichiro KURASAKA
薔薇、という字を見ると心が浮き立つ。
バラ、ではいけない。ばら、ではなおだめだ。どうあっても、花弁そのものを内包しているように見える「薔薇」でなければならない。
薔薇の花は好きだ。これはこれはとばかりに多種多様な薔薇が咲き誇っている光景がことに望ましい。と言っても、もっぱらよその家や薔薇園の花を鑑賞するばかりで、実際に作る趣味はまったくない。そういう技術は持ち合わせていないし、とても根が続かないと思う。
逆に、鑑賞するより作るほうが好きなものもある。その最たるものが暗号だ。
暗号、という言葉も、見るたびに心が浮き立つ。薔薇ほどではないが、暗号にも香りがあるように感じられる。
薔薇と暗号、二つの心躍るものを組み合わせ、ふんだんに作中世界に撒き散らしてみたのが今回の新作『薔薇の家、晩夏の夢』だ。薔薇づくし、暗号づくしの幻想ミステリーをお楽しみいただければ幸いである。
薔薇と暗号といえば、中井英夫氏の諸作が思い出されるけれども、その代表作の一つに『とらんぷ譚』がある。まだ十代のころに別名義で「『とらんぷ譚』論」を同人誌に発表し、その縁で作者の知遇を得たという思い出の作品だ。それかあらぬか、『薔薇の家、晩夏の夢』を彩る小道具の一つはトランプになっている。
作中に登場するこの世に一組しかないトランプには、妖しい女の絵が描かれている。そのほかにも、さまざまな架空の絵が現れる。そのうち油絵をと思いながら諸事情あっていまだ果たしていないのだが、目下CGソフトを使って描いているのはおおむね抽象画だから、いずれ絵筆を執っても人物画は描けそうにない。
ならば、小説の中で描けばいい。薔薇の家に飾られる、実在しない(実際には描けない)油絵は、作者としては気に入っている。ぜひ絵をイメージしながらお読みいただきたい。
さて、小説の中にしか存在しない絵画ならではの機能がある。一部の現代アートや騙し絵を除けば、絵は額縁の外へ出ることができない。区切られたフレームの中で静止しているしかないのだ。
しかし、小説の中の絵は違う。いともたやすくフレームを超え、作品世界を侵犯することができる。たとえばこの作品では……いや、この先は読んでのお楽しみということにしておこう。
昨年はありがたいことに、バカミスの『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』と物語系の『遠い旋律、草原の光』
がそれぞれの傾向の代表作という評価をしていただいた。これまで幻想(怪奇)ミステリーをいろいろと手がけてきたが、今年はこの『薔薇の家、晩夏の夢』がそちらの系列の代表作になってくれるのではないかと期待している。
では、すぐそこにある扉を開けて、薔薇と暗号の香りでむせ返るような世界へ。
■ 倉阪鬼一郎(くらさか・きいちろう)
1960年三重県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。87年に短編集『地底の鰐、天上の蛇』でデビュー。印刷会社勤務等を経て、98年より専業作家となる。ミステリ、ホラー、幻想小説と、その作品分野は多岐にわたり、独特の作風を確立している。著作に『百鬼譚の夜』『赤い額縁』『田舎の事件』『無言劇』などがある。翻訳家、俳人としても活躍。
本格ミステリの専門出版社|東京創元社
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