『夏の魔法』は恋愛小説です。
そして、〈罪〉の物語です。

自由なスタンスと抜群のリーダビリティ。
(06年10月刊『夏の魔法』)

北國浩二 kouji KITAKUNI

 

 

 『夏の魔法』を上梓することができたのは、編集を担当していただいたK島さんのおかげです。ぼくのデビュー作『ルドルフ・カイヨワの憂鬱』をお読みになり、わざわざ連絡をいただいて、今回の作品が実現しました。
 デビュー作は残念ながら一般の読者からも出版業界からもほとんど注目されず、二作目を出版する目処などまるで立っていませんでした。
 だから、連絡をいただいたときはうれしさで舞い上がり、藁にもすがる思いで東京創元社さんへ出向いたのです。
 無名の新人の無名の作品を高く評価していただき、その場で出版の確約をいただきました。ふつうなら、できあがった作品なりプロットなりを見てもらい、出版できるかどうか検討していただく、という流れなのでしょうが、そうではなく、はじめからぼくの本を出すつもりで声をかけてくれたのです。
 もしK島さんが『ルドルフ・カイヨワの憂鬱』を読んでいなかったら、きっといまでも第二作の出版の目処が立たず、暗中模索していたことでしょう。
 とても幸運な出逢いでした。ぼくにとってはまさしく救世主。K島さんにはこの場を借りて深く御礼申し上げます。


 新作を書くにあたっては、なんの制約もありませんでした。「本が売れるか売れないか、そんなことはいっさい気にしなくていいです。書きたいものを書きたいように書いてください」そんな言葉をいただきました。
 そして、そのとき頭にあったプロットやアイデアをいくつかお話したのですが、「どれがいちばん書きたいですか?」と問われ、悩んでしまいました。
 どれも書きたいのだけれど、特別これが書きたいというものがない。けっこう優柔不断なのです。それで相談して、〈夏、恋、南の島〉というイメージは読者に受け入れられやすい、ということで、非常に安易な考えで――部数を気にするなと言われても、やっぱり売れたいので――今回の作品を書くことにしました。
 しかし、一般ウケを狙ったはずなのに――性格なんでしょうか――とても重くて痛い作品になってしまいました。それでも、あちこちで良い評価をいただき、ほっと胸を撫で下ろしております。
 女性を主人公にした小説を書くのはこれが初めてで、書きはじめるにあたっては不安や戸惑いがありました。心理描写が肝となる作品なので、女性の心理を適切に表現できるかどうか。女性読者から批判されないように書けるかどうか。これはぼくにとって大きなチャレンジでした。その面でも概ね好意的に評価していただけているようで、ひとつの自信となりました。
 執筆中もK島さんにはお世話になりました。随所で適切なアドバイスをいただき、より良い作品に仕上げることができました。作家としても、少しは成長できたかなと思っております。
 良い編集者とめぐり逢い、良い作品を完成させることができた。ぼくにとって『夏の魔法』は、ほんとにしあわせな作業の結実と言えます。
 『夏の魔法』は恋愛小説です。そして、〈罪〉の物語です。
 もっとミステリーらしい小説を書けるようになれたらいいな。
 ぼくを拾ってくださったK島さんや東京創元社の皆さまに、少しでも恩返しができるように、はい、がんばって精進しますともさ!

(2006年12月)

北國浩二(きたくに・こうじ)
1964年大阪市生まれ。フリーライターとしての活動を経て2003年、『ルドルフ・カイヨワの憂鬱』で第5回日本SF新人賞に佳作入選。同長編は改稿ののち05年に刊行され、近未来を舞台とした謀略探偵小説として高く評価される。第2長編である『夏の魔法』はまったく作風を変えた野心作。ジャンルの垣根を軽やかに飛び越える自由なスタンスと抜群のリーダビリティとで、今後の活躍が期待される新鋭である。