この作品は、
どうしても埋もれさせたく
なかったのです。
アルチュール・ランボーの詩「母音」の
強烈なインパクトから生まれた、
鮎川哲也賞受賞作家、
渾身の本格ミステリ。

07年11月刊
『ランボー・クラブ』
岸田るり子


  このコーナーには以前、第22回配本の『出口のない部屋』で書かせていただいたことがあります。前回の作品は一つの部屋に閉じこめられた三人の男女の謎に迫る、という閉塞的な設定でしたが、本書は、色に関わる謎が核となっていて、アルチュール・ランボーの「母音」という詩が連続殺人事件の予告に絡んでくるミステリです。
 実は、この作品はある賞の候補に残った作品を改稿したものです。ですから、デビュー作である『密室の鎮魂歌(レクイエム)』、二作目の『出口のない部屋』より先に書いたものです。
 この作品には非常に愛着があったので、どうしても埋もれさせたくない、という思いから、大幅に改稿し、東京創元社より出版していただく運びとなりました。
 今年は12月に理論社のミステリYA!より『過去からの手紙』が刊行されるなど、二か月連続して新刊が出るため、矢継ぎ早に作品を生み出していると誤解されがちですが、決してそういうわけではありません。

「母音」という詩は、その昔、初めて読んだ時、アルファベットを色に置き換えるという斬新な発想と言葉の選び方に強烈な印象を受け、そのまま私の心に刻み込まれていました。
 プロットをあれこれ考えているうちに、ランボーのこのインパクトある発想をミステリとして利用してみたい、そんな気持に駆り立てられました。
 いったん作品の中に取り入れてみると、物語を作っていく段階でいろいろなことが自然と符号していきました。
 はじめは原本と翻訳本を読み比べながら、言葉を選んでいましたから、宇佐見斉訳や自分が直訳した文などがまぜこぜになっていましたが、今回改稿するに当たって宇佐見訳を使わせていただくことにしました。

 私は、思春期から両親の都合上渡仏し、フランスで教育を受けながら、その国での将来は期待できない、いわば異邦人として過ごしました。
 また、帰国してからは、異国の教育を受けたことで自分では自覚しないまま、メンタル面で周りと齟齬が生じてどうしてもうまくいかない、加えて、そういう人間にある種のレッテルを貼りたがる日本社会、そういった諸々の因子が重なって、この国特有の和を大切にする人間関係にとけ込むことができませんでした(と、あれこれ自分なりの理由をつけていますが、もしかしたら元から協調性のない性格だったのかもしれません)。
 そんな自分の境遇のためか、私はマイノリティーの人間に惹かれるところがあるのかもしれません。
 この作品では、他の人と色の認識が異なる、いわゆる色覚障害の少年を登場させています。これにはモデルとなる知人がいて、その人の視点を参考にさせていただきました。
 他人と異なる、ということは、周りと気持ちを共有しにくい孤独な環境におかれるため、自分のアイデンティティーそのものに疑問を抱いてしまいます。
 主人公の少年は、色覚障害であることを含めて、自分に関わる不可解な謎を掘り起こしていくうちに、家族からも追いつめられ、逃げ場を失っていきます。
 一方、女探偵は体育会系で体力に自信はあるが、掃除は苦手。事務員の加代と部下の健一に常日頃からがさつと皮肉られています。
 少年の絶望的な境遇を一方のパートで描いていますので、女探偵のパートのほうを、多少の息抜きの意味をこめて、コメディタッチにしてみました。

 舞台は今回も京都。家から徒歩一、二分のところにある「妙心寺」という禅宗のお寺も登場します。
 JRの駅まで行くのに約500メートルほどある北門から南門への参道の通り抜けを常日頃していますから、子供の頃からなじみのあるお寺です。しかし、いざ、小説の舞台として登場させてみると、何気なく通り過ぎていた寺院のそこかしこに新しい発見があり、私の中で更に縁深い場所となりました。

 ランボーの詩というだけで、面倒だと思わないでください! 謎解きの展開を大いに楽しんでいただければ幸いです。


(2007年12月)

岸田るり子(きしだ・るりこ)
1961年京都市生まれ。魚座。パリ第七大学理学部卒業。2004年に『密室の鎮魂歌(レクイエム)』で第14回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作は他に『出口のない部屋』、『天使の眠り』、『ランボー・クラブ』、訳書に『細菌と戦うパストゥール』(共訳)がある。最新刊は『過去からの手紙』。