ここだけのあとがき

2007.12.05

海堂尊『夢見る黄金地球儀』[2007年12月]

黄金地球儀製作記

ひとつ難題をクリアするたびに、
ひとつ後戻りのできない世界に進んでいく。

07年10月刊『夢見る黄金地球儀』

海堂 尊 takeru KAIDOU

 この物語の原型は、一週間で書き上げました。そんな離れ業ができた理由は簡単、試験の時に、急に文学全集を読みたくなったり、部屋を掃除したくなったりしませんか。あれです。
 2007年5月、『死因不明社会』(講談社ブルーバックス)の刊行を決めた時、その前からミステリ・フロンティアさんからも依頼を受けていたことがひっかかっていました。ですが社会的意義もあるので、ブルーバックスさんを先に書かせてもらおう、と決断したのです。ところが人間というものは天の邪鬼、逃避する生物です。がちがちの学術書の執筆を決めたにもかかわらず、私の心は突然、ミステリー心に目覚めてしまいました。一年も前に受けた依頼なのに。担当編集のFさんとKさんは、いつまでも待ちます、とおっしゃって下さったのに。ブルーバックスさんは、一刻も早く書き上げましょうとプレッシャーをかけてくるのに。ああそれなのに、瞬間的に物語が頭の中で完成してしまったのです。
 できてしまったものはしかたありません。覚悟を決めて、一気に書き下ろしました。標題どおり、まあるい黄金地球儀は実にころころとよく転がり、思わぬ方向へと漂着しました。とにもかくにも、無事ゴールにたどりついたのです。そして冷静に見直してみても、物語骨格にアナはなさそうでした。
 胸を張って、担当のFさんに原稿を渡しました。
「自信作、です」
 いつもならミステリーじゃない、とはじかれる私でも、コンゲームなら大丈夫。それに宝島社でもないし、何といってもレーベルはミステリ・フロンティア。物語に破綻もない、滑らかなコンゲームと自画自賛しながら、担当Fさんの返答を待つ間に、私は地獄の『死因不明社会』執筆に取りかかったのです。

 そんなある日、Fさんからメールが。
「相談あり。至急連絡されたし」
 何やらイヤな予感。その予感は的中しました。喫茶店でお目にかかったFさんは言いました。
「大変です。この物語は成立しません」
「ええ? どうしてですか?」
「この地球儀は実在しません」
「そりゃそうですよ。だって物語ですから。実在しなくたっていいじゃないですか」
「そういうことではなくて、ですね。この地球儀は物理法則上、その存在を許されないのです」
 なにやら、私は知らないうちに大罪を犯してしまったのでしょうか。Fさんはおごそかに続けます。
「この金の分量で、直径70センチの地球儀を作ると、厚さが0.1ミリになる、ということがわかったんです」
 私は愕然としました。ネタばれになるので、詳しくは語れませんが、この地球儀は、直径70センチ、厚さは20センチくらいの中空構造で、重さが70キロくらいないと、物語が成立しないのです。
「ど、どうしましょう」
 私が自信たっぷりに物語の完成度を吹聴してしまったので、東京創元社さんでは、すっかり刊行予定を組み上げて下さっていて、今さら変更できない状態になっていました。Fさんはうなずいて言います。
「それを何とかするのが作家さんです」
「お、俺の仕事っすか? こんな時にいい智恵を出してくれるのが編集さんなのでは?」
「いいえ、これはクリエイティヴィティ領域で処理しなくてはならない問題です。ですが、新人さんを突き放すのも無慈悲ですので、わが東京創元社が誇る頭脳を駆使して、いくつかの案をご提案させていただきます。お役に立てるといいのですが」
「是非、お願いします」
「では早速。一番目。厚さ0.1ミリの地球儀で何とかする」
 ……全面書き直しですか? 即座に却下。
「二番目。地球儀の大きさを小さくして、何とかする」
 ……一番よりははるかにマシ。でもそうなると、やはり物語の骨格が大きく変わってしまうので却下。
「三番目。いっそ、この物語を金の比重が軽いパラレルワールドの話にする」
 ……一瞬心が揺らいだが、パラレルワールドを書く方が大変だとすぐに気づいて却下。
「いい加減にして下さい。却下ばかり。それなら次回までにご自分で何とかしておいて下さいね」

 こうして私は東京創元社のFさんに見捨てられたのでした。でも横着者でも追いつめられれば牙を剥く。知恵袋に相談したところ、あっさりいい智恵を出してくれました。それは五大陸だけを黄金にすればいい、というものでした。つまり黄金大地です。これなら手直しは最小限で済みますし、エレガントです。私はその案を採用しました。最小限の手直しをして、原稿を再提出したのでした。
 三日後。再び担当Fさんからの、至急連絡を、というメール。電話をすると受話器の向こうから、切羽詰まった声がします。
「この間の訂正、かなりいいかと思ったのですが、またしても大問題が」
「何ですか。金の使用量を大陸だけに減らしたので厚くなるはずでしょ?」
「私も確かにそう思いました。でもこれまた計算すると、今度は厚さはわずか3ミリにしかならないことが判明したのです」
「さ、3ミリですってえ?」
 厚さ20センチを目指している私にとって、0.1ミリが3ミリになったのは努力こそ認めるけれど、ほとんど意味はありません。再び知恵袋に相談です。
「黄金の国、ジパング」
 彼はひとこと、そう言いました。ぽかんとした私はしばらくすると手を打ちます。
「そうか、日本だけ黄金にすればいいのか」
 さっそく、書き直しです。とにかく、黄金地球儀は直径70センチ、重さ70キロ、壁厚20センチであれば、物語部分は、成立するのです。こうしたトラブルは、発見されるたびに、序章の黄金地球儀由来の部分でごまかして、あ、いやもとい、整合性を持たせていけば最小限の手直しで済むはず。こうしてひとつ難題をクリアするたびに、ひとつ後戻りのできない世界に進んでいく。心細さと共に、私の物語修正物語は進行していったのです。

 もう大丈夫。ところがそうは問屋がおろしません。今度は思いもかけない報告でした。
「金が余ってしまいます」
 メールでそのように受け取ったとき、お金が余るだなんて、何て景気のいい出版社なのだろう、と感動しました。ですが、よくみると話は全然違いました。日本だけ黄金にすると、今度は金が余ってしまうのです。だけど、余った金の使い道ならお手の物、私は即座に答えます。
「それなら、北極に桜宮市のシンボルマークをはめ込みましょう」
 今度は大丈夫そうです。私は安心して、念校ゲラが上がってくるのを待ちました。もう手直しのデッドラインです、という脅し文句とともにFさんにお目に掛かったある夕方、私は再び千尋の谷に叩き落とされます。
「あのう、やはりこの地球儀は成立しないかと」
「なぜですか。どこまで私を……」
 後の言葉が出てきません。Fさんは淡々と続けます。
「実は、金問題は解決したんですが、今度はアルミが。地球儀を支えるアルミの重さを計算してみたら、何と300キロにもなるんですよ」
 がーん。この物語では怪力の女性がひとりで地球儀を運ぶことになっていました。80キロの地球儀なら、女手ひとりで運べる女性もいるでしょう。でも300キロの物体を持ち上げるなんて、いくらなんでもさすがに無理。だが、トラブル慣れかつ締め切り直前のランナーズハイになっていた私は即座に妙案をひねり出します。
「それなら、アルミの球体部分をスーパーハニカム構造にしておきましょう」
 Fさんは、すかさず携帯電話を取りだし、何やらボードを叩き始めます。
「ダメ、ですね。スーパーハニカムという言葉は、すでに商標登録済み、ですね」
「わかりました。それならハイパー構造」
「それもアウト」
 こうしていくつかの候補を上げては轟沈させられるやり取りを繰り返し、ようやく、ハイパーハニカムという言葉のでっちあげにたどりつきました。
 こうして、直径70センチ、重さ70キロ、そして中空の壁厚20センチの黄金地球儀が無事完成したのでした。

 以上、黄金地球儀製作記、でした。そして、このごたごたは、壮麗な序章にすべてぶち込んでしまいました。ですから、この小文をお読みいただき、ふたたび物語に戻られると、面白さ倍増は間違いありません。

 あとがきを読み終えて一言。こんなに性格の悪い編集者、今まで見たことないというのが正直な所感です。あの大変エキサイティングな打ち合わせの日々は今も美しく記憶にすみません楽しんでました……(サディスト)。なお、黄金地球儀の計算につきましては、SFファングループ〈アンサンブル〉の皆様に多くの示唆を頂きました。この場を借りて御礼を申し上げます。(編集部・F)

(2007年12月)

海堂尊(かいどう・たける)
1961年千葉県生まれ。2006年、『チーム・バチスタの栄光』で第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。強烈な印象を残すキャラクターとリアリティ溢れる医療の現場を描き、絶賛を浴びる。他の著作に『ナイチンゲールの沈黙』『螺鈿迷宮』『ジェネラル・ルージュの凱旋』『ブラックペアン1988』がある。最新刊は『死因不明社会』。

バックナンバー