飯田橋駅の西口から東口に
移動するのに、20年もかかった。
世の中、理科系ばなれが言われて久しいようですが、
本作を読めば、理科系の知識が必ずひとつは増えます。

07年7月刊
『首鳴き鬼の島』
石崎幸二


「石崎さんは、小説よりも本人の方が面白いですね」とよく言われます。

 こんなとき、喜んでいいのか落ち込むべきかよくわかりませんが、いずれにしろ、あとからじわじわ効いてくる言葉です。言われた相手によっては、気持ちをリセットするのに3日くらいかかるかもしれません。
 勤め先でこれを言われた場合、「くだらんことをやってないで仕事をしろ」という意味だと思いますので、どうでもいいのですが、それ以外の場合は、やはり問題のような気がします。

 その不安は、あとがきでも同様です。「小説よりもあとがきのほうが面白いですね」というのは、面白いという言葉を使いながらかなり深いところを抉っています。

 でも、この「ここだけのあとがき」は、小説の巻末に収録されているわけではありませんから大丈夫です。何を書いても大丈夫です(と聞いています)。

 実は、まだこの段階で、小説本体のゲラを見ていたりします。このままだと、あとがきを書き終える頃には夜が明けてしまいそうです。

 明日(零時を過ぎているので正確には今日)は会社の有給休暇を取りました。そこまでして書くあとがきが面白くないわけはないはずです。とはいえ、できればこれを読まずに先ずは小説をお読みいただきたいと思います。

 さて、前置きは切り上げて、小説の話を少しします。小説よりも先に、このあとがきを読む方もいらっしゃると思います(というより、こちらのほうが刊行よりずっと先にアップされてしまうのですね……)ので、詳細は述べられませんが、今回は、現代の本格ミステリを書くなら挑戦すべきというテーマを選んでみました(奥歯にものが挟まっていますね。何を言っているかわかりにくくてすみません)。小説を読まれて、その挑戦の結果を、読者の皆さんに判断していただければ、そして楽しんでいただければ幸いです。

 世の中、理科系ばなれが言われて久しいようですが、本作を読めば、理科系の知識が必ずひとつは増えます。歴史で言えば「いい国つくろう鎌倉幕府」みたいなもので、これを読んだ中高生が、学校で、「おお! これは、あの『首鳴き鬼の島』の……」と、呪文のような暗記法を思い出してくれればしめたものです。

 編集者のIさんには最初から最後までお世話になりっぱなしでした。声をかけていただいたことは驚きとともにたいへん嬉しいことでした。石崎の書くキャラクターを女性の視点から見ていただいことに、とても感謝しています。登場人物は作者の性格が投影されるといいますが、数々の指摘を受けて、石崎が異性にもてない理由が、なんとなくわかりました。これで少しは女性の考えていることが理解できたかもしれません。

 苦労してできたキャラクターですし、また読者の前に登場させることができればいいなと思っています。

 最後に個人的なことですが、石崎の通っていた大学の最寄駅は、JRの飯田橋駅でした。東京創元社は大学とは、神楽坂を挟んで反対側(東側)になります。石崎が酒を呑んだり、麻雀したり、ミステリを読み漁ったり(少しだけ勉強したり)しているころ、神楽坂の反対側では、ミステリを世に送り出すべく日夜活動している熱い会社があったわけです。それなのに石崎は、4年間も大学に通いながら、まったくそれに気づくこともなく卒業してしまいました。

 結局、飯田橋駅の西口から東口に移動するのに、20年もかかったことになります。それでも、辿り着けてよかったヨカッタ。

(2007年7月)

石崎幸二(いしざき・こうじ)
1963年埼玉県生まれ。東京理科大学理学部卒。2000年、『日曜日の沈黙』で第18回メフィスト賞を受賞してデビューする。著作は他に『あなたがいない島』、『長く短い呪文』、『袋綴じ事件』がある。