ここだけのあとがき

2014.05.08

乾石智子『沈黙の書』ここだけのあとがき[2014年5月]

乾石智子 tomoko INUISHI



 ネアンデルタール人の滅亡の原因に、言葉をうまく操れなかったためという説があった。今日ではその学説には疑問符がついているそうだが、わたしの頭のどこかに残っていたらしい。「何を書こうかなあ」と思いめぐらせていると、言葉を持たない野蛮人が創造の壺から飛びだしてきた。すると、言葉を象徴するはずの書物もあとを追ってきたが、これもまた言葉を持っていなかった。あららら。どうするつもりだろう。
 しかし、さすがに書物というものは雄弁である。もともと言葉を持っていなかったわけではなく、とある人物に読まれてはならないがために、魔道師によって言葉を消されたことを語ってくれた。消えた言葉は戻るのか。はたまたどのようにして戻ってくるのか。言葉を持たない野蛮人はどうなるのか、と問えば、それは〈風の息子〉に聞くがいい、と答えがかえってきた。ちぇっ、そこから先は自分で考えよ、ということか。
 わがつれあいは、「言葉のご馳走」ということをよく言う。誰かの受け売りかもしれないが、「言葉でおもてなしをするのも大切な心遣い」なのだそうだ。わたしなどは正直者なので(嘘だっ、と叫ぶ者あり)なかなかそれができないが。言葉は人の感情をどのようにも操れる。けなされればむっとするし、深く傷ついてなかなか癒えないこともある。ほめられればうれしくなるし、次もがんばろうとはりきるだろう。緊張してやってきたお客が「言葉のご馳走」でもてなされて緊張を解くのは、もてなす方が先に心をひらいているからだ。言葉は心と心をつなぐ力を持つ。言葉はさらに、種族をまるまるひとつ滅ぼし得る力も持つし、希望という名の星に変化して人々に生きる力を与えもする。
のちの魔道師につながっていく〈風の息子〉たちとともに空と大地のあいだを駆けぬけながら、野蛮人と言葉を持たない書物の顛末を楽しんでいただければと思う。
 また、羽住都先生のすばらしい表紙を堪能していただきたい。全て手描き、一筆一筆に心のこもった、曼荼羅をしのぐ芸術作品である。目をようく近づけて、模様の一つも見落としなきよう。まさに、魔法の力を内包した『沈黙の書』そのものである。

(2014年5月)

乾石智子(いぬいし・ともこ)
山形県生まれ。山形大学卒業。1999年教育総研ファンタジー大賞受賞。2011年、第一長編『夜の写本師』を発表。山形県在住。


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