ここだけのあとがき

2012.10.05

乾石智子『太陽の石』ここだけのあとがき[2012年10月]

乾石智子 tomoko INUISHI


 ヴィゴ・モーテンセンのアラゴルンのようなカッコいい男を書きたい、と軽く思った。無口で強い意志を持った謎めいた男を。
 それから、人がいだく憎しみ――特に血のつながった家族に対する――の行く末を書きたいと思った。家族であるから、一度の大きなあやまちは許すだろう。しかし、二度めとなるとどうだろう。またしても、と感じたとき、憎しみは憎悪に増幅するのではないか。きょうだい魔道戦というのはどうだろう。
 すると、夜の闇の中からナハティとリンターが姿を現わした。二人の確執を書こうと目論見たが、カッコいい男が動き出してまもなく、どうにも身体中がかゆくなって頓挫せざるを得なくなった。カッコいい男って、直接文章にすると、ものすごく恥ずかしい。うわあ、かゆいかゆい。ナハティから、しっかりしなさい、と怒られても、だめなものはだめだった。
 リンターが溜息をついて、仕方がない、これをやろう、とさし出してよこしたのが〈太陽の石〉である。彼が一、二度こすると、ああらふしぎ、アラジンの指輪のジンさながらに飛びだしてきたのが元気なデイサンダー。デイサンダーが出るんならぼくも、わたしも、といもづる式にきょうだいたちがぞろぞろ名乗りをあげた。うわあ、九人ですか。しかも全員魔道師? 
 まあ、上から五人は別として、下の四人のきょうだいたちのにぎやかさで、物語は動きだす。末弟デイサンダーの目を通して書けば、カッコいい男も書くことができる。よかった、かゆくないぞ。
 ……突然起きる災厄をわたしたちは経験した。昨日のつづきの今日、今日のつづきの明日さえあればいいと、心底願った。しかし、日々を暮らしていくと、そうした願いと対極にある欲望や不満もまた、闇となって心に巣くっていく。これは生きていくうえで仕方のないことなのだろう。
 そうした、どうしようもない闇に気づいたとき、本を読む人もいると思う。現実とかけ離れた世界にちょっと遊んで、主人公と冒険の旅を経験すれば、また現実に戻って明日をがんばる元気がわいてくるから。
 その、「ちょっと遊ぶ」一冊として、『太陽の石』を手にとっていただければうれしい。〈太陽の石〉の輝きを胸元に留めて、デイサンダーと一緒に歩いていただければ幸甚である。

(2012年10月5日)

乾石智子(いぬいし・ともこ)
山形県生まれ、山形大学卒業。1999年教育総研ファンタジー大賞受賞。スターウルフで目を覚まし、コナン・ザ・バーバリアンから最初の一歩を助けてもらった。著書に『夜の写本師』『魔道師の月』がある。山形県在住。


ファンタジーの専門出版社|東京創元社
バックナンバー