ここだけのあとがき

2015.05.08

乾ルカ『ミツハの一族』ここだけのあとがき

本作の主人公・八尾清次郎も通っている北海道帝国大学。自分たち一族の目を治すことを目標に医学部で目医者になる勉強をしている、というのが本作の設定です。じつは『メグル』でも舞台となるのは北海道大学。乾さんに思い入れのある北海道大学をテーマにあとがきを書いていただきました。どうぞお楽しみ下さい。

乾ルカ ruka INUI


ミツハの一族
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 今作『ミツハの一族』は、大正時代の北海道帝国大学生が主人公である。
 東京創元社から出していただいた前作『メグル』における舞台のモデルも、文中に名前こそ出してはいないが、北海道大学であった。
 私は高校時代、特に高校一年時前半はまったく勉強をしなかった。これは大げさに書いているのではなく、本当にそうだった。定期試験の前日も、一分もやらなかった。なにしろテスト期間中も教科書を学校の机の中に置きっぱなしにしていたくらいだ。なので、当然成績は最悪、早々に受験戦争から脱落し、北大は高根の花過ぎて影も見えなかった。
 そんな私がなぜ北海道大学を舞台にするのか。私は勉学目的ではないが、かつての文部省、あるいは放送大学の事務補佐員として、のべ五年半北大構内に通っていたのだ。北大学生部には二年、放送大学には三年半在職した。
 現在放送大学はチャンネルを持っていて、自宅で講義を視聴できるが、立ち上げ当初はまだそういった整備がなされておらず、学習センターに通ってビデオ、もしくはカセットテープの授業を受ける必要があった。その放送大学北海道ビデオ学習センターが、当時北大構内にあったのである。使用していたのは『ミツハの一族』にも出てくる旧昆虫学及養蚕学教室の建物。いや、出てくるではない。私が三年半通っていた愛着から、つい物語の中に出してしまった。
 というわけで、北海道大学の学生にはなれなかった私だが、北海道大学自体には格別の親しみを抱いている。

 親しみを抱いている理由は、それだけではない。
 なにを隠そう、二十歳まで私の本籍地は北海道大学構内だった。最初に取った運転免許証の本籍欄には、「札幌市北区北八条西六丁目文部省用地」と記されていた。両親が引っ越す際に本籍を移動させなかっただけなのだが、この「文部省用地」という言葉はなかなか気に入っていた。父が重い腰を上げて現住所に本籍を変更した際は、なんだか残念に思ったものだ。
 どうして本籍が北大構内だったかというと、私の父方の祖父が北海道大学の事務職員だったからである。
 祖父と父たち一家は、北海道大学の官舎に住んでいた。今はもうないが、昔は中央ローンという正門を入って真っ直ぐ行った緑地帯の南側に、官舎が数軒あったそうなのだ。父の古い写真を見てみると、官舎の庭で撮ったらしいものが何枚もある。そして、古臭い低い柵の向こうには、中央ローンや古河(ふるかわ)講堂が必ず写っている。昭和天皇が来学された際の一葉などもあり、資料的にも面白い。
 思えば幼いころ、私と姉はよく父に連れられ、北大に遊びに行った。幼稚園児の私が初めてスキーの練習をしたのも、緩いスロープがある中央ローンだった。
 北海道大学は私の原風景みたいなもの……というのは言い過ぎかもしれないが、そんなこんなで今回も登場となった次第だ。


(2015年5月)

乾ルカ(いぬい・るか)
1970年北海道札幌市生まれ。2006年に短編「夏光」で文藝春秋主催の第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2010年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。近著は、『モノクローム』『11月のジュリエット』『森に願いを』


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