ここだけのあとがき

2017.03.24

光が射してくるほうへ 古市真由美/ティモ・サンドベリ『処刑の丘』ここだけのあとがき

古市真由美 Mayumi FURUICHI


処刑の丘
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 今年は2017年、そしてあれから25年。25年前、フィンランド共和国が独立75周年を祝っていた1992年の夏、わたしはフィンランドのとある町にいて、語学と文化を学ぶ外国人向けのコースに参加していたのだった。75周年記念のロゴをあちこちで見かけたことを鮮明に覚えている。そして今年は、フィンランド独立100周年に当たる、重要なメモリアル・イヤー。わたし自身は25年のあいだにフィンランド語を扱う翻訳者となり、御年100歳を迎えたこの国の雪景色のなかへ、旅する機会に恵まれた。

 氷点下41.7℃。出発を前にフィンランドの気象情報サイトを見たら、北部でこの冬の最低気温のレコードが出たといって、そんな数字が画面上で冷たく輝いていた。わたしがこれまでにフィンランドで(つまり全人生で)経験した最低気温は、35℃(マイナスです。冬の気温について、現地ではいちいちマイナスと言わないのです。マイナスに決まっているから)。ええと、あのときも相当きつかったんですけど、今度は40℃台ですか……いや、これは厳しいな、やだなあ、どうしよう、と動揺したものの、出発するころには大寒波はすでに去っており、滞在中いちばん寒かった日で、せいぜい15℃くらいだったと思う。助かった。
 しかし寒くないわけではない。東京周辺から出かけていく身にはすこぶる寒い。おまけに暗い。精神的にダメージを受けるのは、寒さよりむしろ暗さのほうである。2月1日の日の出は、今回訪れたなかで最北のオウル市だと朝の9時過ぎで、朝食をとるときはまだ真っ暗。そして夕方の4時前にはもう日が沈んでしまう。冬至のころに比べれば、これでも劇的に日が延びてはいるのだけれど。現地にいるあいだに、新聞で「ついに朝の通勤時間帯に太陽が見られる季節がやってきました」などと、日の出が朝8時台になったことを喜ぶ記事を見かけたが、これは彼らの心からの叫びだろう。冬のフィンランドにいるときは、日中に晴れてくると明るい光に心が浮き立ち、「あっ、太陽だ!」と思わず指さしてしまったりするのだが(今回もそうだった)、指さした手と地面がつくる角度は、とても浅い。それだけ太陽の南中高度が低いのだ。それでも現地のひとびとの生活は淡々と、通常どおり営まれている。というか、そもそも彼らにはこれが“通常”である。そういう土地に国をつくったのだから、文句を言っても始まらない。この感じ――与えられた運命を潔く受け入れて、静かに、懸命に、力強く生きていこうとするこの国のひとびとの姿を、わたしは愛しているのだと思う。その懸命さと力強さは、拙訳『処刑の丘』に登場する名もなき市民たちのなかにも、はっきりと見て取れる。

『処刑の丘』の舞台は、1920年代のフィンランド南部ラハティ市だ。当時のフィンランドは、1917年の独立宣言とその後の内戦を経て、国家としての歩みを始めたばかり。内戦では、ひとびとが赤衛隊と白衛隊の二手に分かれ、隣人同士が殺しあう凄惨な状況となった。物語で描かれる内戦直後の社会は、戦いによる深い傷がいまだ癒えず、国全体がうめきながら血を流し続けているかのようで、いたましさに胸が苦しくなる。しかし、物語に大きな安らぎを与えてくれる存在がある。それは、主な登場人物のひとり、ヒルダという女性がマッサージ係として働く公共サウナだ。すべての人を受け入れるサウナの熱気は、さまざまな苦悩を抱えた登場人物たちの心身をやさしくほぐしてくれる。訳しているあいだも、サウナの場面になると、なんだかほっとしたものだった。
 そんな作品を訳し終えたあとでもあり、冷えた体を温めたくもあり、今回の旅ではふだんより積極的に町のサウナへ繰り出してみた。まずは北の海辺の町オウルにて。雪が降りしきるなか、ツーリストインフォメーションを訪れて訊いたところ、市内には公共サウナはないけど、ここならサウナに入れるよ、と親切に教えてくれた場所が市営のスポーツセンター(屋内プールやジムがある)。市内の別々な場所に2箇所あったので、どちらにも行ってみた。
 システムは2箇所とも共通で、プールの入場券を買うと併設のサウナにも入れる方式(サウナのみという料金はなし。あくまでスポーツ施設なので)。プールは水着着用だが、男女別のサウナは水着禁止(つまり裸)で、平日の昼間だったがどちらの施設もなかなかの賑わいだった。来ていた人たちは、たまたまその日が休みの仕事をしているのかもしれないし、引退した年金生活者かもしれないし、育児休暇中かもしれないし、もしかして失業者かもしれない。料金表にも、割引の対象として学生や年金生活者のほかに失業者と書かれていた。フィンランドには徴兵制度があるが、兵役期間中の人(兵役のかわりに社会奉仕を選んだ人も含む)も割引の対象だという。誰でも歓迎されているムードが心地よい。ああこれ、『処刑の丘』の公共サウナとどこか共通しているな、と思う。みなのんびりとくつろいでいて、母親に連れられた幼い女の子が、最初は「熱いよ」とぐずっていたのにだんだん熱気に慣れたらしく、もっと入っていたい、と言っているのが微笑ましかった。
 サウナといえば、サウナストーブに水をかけて、熱い蒸気を上げるのがお約束。サウナ室には水を入れるためのバケツとひしゃくが用意されている。日本のサウナでは水がかけられないことがほとんどで、乾燥しているから苦手だというフィンランド人が多い。「水、かけていいですか?」と誰かが訊けば、「どうぞどうぞ」「あ、おちびちゃんは大丈夫かな?」「大丈夫だもん!」といった会話が交わされた末に、じゃっ、と水がかけられる。じゅわー。立ちのぼる熱気。みんな背を丸める。全身の筋肉がほぐれていく。この気持ちよさ、何度体験してもやっぱりいい。熱い蒸気も、それを見知らぬ者同士が裸で共有しあうゆったりした空気も、ほんとうに気持ちがいいものだ。

 首都ヘルシンキでは、以前にも訪れたことのある古い公共サウナに、久しぶりに足を運んでみた。コティハルユ・サウナという名で、ガイドブックにも載っているからご存じのかたも多いかもしれない。ここはいまでも伝統的な薪ストーブを使用していることで知られており、受付のおばさんも、「うちのサウナは、蒸気のやわらかさがちがうんだよ。やっぱり温めるのは薪でなくちゃね」と力説していた。そのことは、サウナ室に足を踏み入れればすぐに実感できる。なんとも言えぬ、ふんわりとやさしい温かさが全身を包んでくれて、ふと天国へ連れていかれそうになる(サウナから出てこれ以上ないほどリラックスしている、東京創元社公式マスコット・くらりの姿をご覧いただきたい)。

649.JPG  このサウナでは葉のついた白樺の枝を束ねた“ヴィヒタ(ヴァスタ)”も販売している。乾燥したのと冷凍したのがあったので冷凍ものを選んで買い、サウナ室のバケツの水に浸せば、甘くてさわやかな香りが広がる。解凍されてみずみずしい葉がよみがえったヴィヒタで体を叩くと、すーっと爽快な気分になる。心身が浄化されていく気がする。ここのサウナは、木製のロッカーといい、もちろん清潔だが全体的にはかなり年季の入った、文字どおり庶民の集う場所という感じで、わたしはそれがとても好きだ。数えきれないほどの入浴客がここで汗を流してきただろう。1928年から(つまり『処刑の丘』の物語とほぼ同時代から)営業しているというこのサウナは、ヘルシンキの町の変遷をつぶさに見つめてきたはずだ。独立したばかりの若い国家の歩み、戦争の苦難(ヘルシンキは空襲に遭っている)、戦後の復興、北欧の福祉国家の首都として発展していく姿、なにもかもを。この国が100歳を越えてからも、どうか末永く、元気に営業を続けてほしい。

 ヘルシンキでもうひとつ、数年前にできて評判を呼んでいるクルットゥーリサウナという名の施設にも行ってみた(クルットゥーリとは“文化”の意)。なにしろ、複数の人に勧められたうえに、現地在住の友人にまでぜったいお勧めと強力にプッシュされたのだ。公共サウナが、作中で重要な場として使われているミステリを訳した人間としては、ちょっと無視するわけにはいかない。小さい箱みたいな、シンプルかつモダンな建物なのだけれど、市の中心部にほど近い海のほとりに立っていて、ロケーションが実にすばらしい。こちらは週末の夜だったせいか若い男女で満員。大人数のグループは受け入れていないと聞いたが、それでもロッカーの数が限られているので、入れるまで待合室でしばらく待たされたほどの盛況ぶりだった。今度、夏に機会があれば水着持参であのサウナに行って、サウナから出たら海へ飛び込んでみたいと思う。都会の真ん中でそんな体験ができるこのサウナは貴重な存在だ。都市における公共サウナの新たなスタイルを提案する場、といったところだろうか。

 これまでにフィンランドで入った数々のサウナが思い出される。友人の家のサウナ、集合住宅の共同サウナ、湖畔に立つサマーコテージのサウナ、昔ながらのスモークサウナ。ホテルの宿泊客用サウナもそれぞれ特徴があっておもしろく、とある町の鉄道駅の脇に立つホテルではサウナの窓からホームに入ってくる列車が見えた。ヘルシンキの古いホテルのサウナは、小さいけれど高層階にあって、大きな窓から市内が一望できる眺めがすばらしく、それを楽しみたくてときどき泊まる。それとは別の大型ホテルでは、サウナが地下にあるのだが、サウナから出た直後らしい、バスタオルを巻いただけの若い女性がふたり、なかよくエレベーターに乗ってきて、ひゃっ、とびっくり(あらゆる意味で!)したことがある。
 サウナ――どうしてこの入浴施設はフィンランドでこんなに愛され、外国人であるわたしたちまで惹きつけるのか。明確な答えは知らないけれど(それが必要とも思わない)、もしかすると、『処刑の丘』のなかで描写されるヒルダの思いが、その答えの一端を示しているのかもしれない。

 世界が大きなサウナだったらいいのにと、ヒルダは思う。そこでは誰もが地位や身分を示すものを脱ぎ捨て、みんな平等になる。そこでは誰でも、自分の好みに合わせて入浴できるのだ。肌が焼けるほど熱い蒸気を浴びてもいいし、ただそこにいてくつろぎながら、穏やかな温かさを楽しんでもいい。


 サウナの熱と並んで、フィンランドのひとびとが求めてやまないもの、それは光だろう。前述のとおり、冬の暗さはある意味、寒さよりもずっとつらい。暖房や暖かい衣類で対処できる寒さとちがって、地平線からほとんど上がってこない太陽を人間の手で引っ張り上げることは、どうやっても不可能だから。冬のフィンランドにいると、その厳しい現実を否応なく思い知らされてしまう。この国に住まうひとびとは、北国ならではのそんな現実をありのままに受け入れつつ、自然光を少しでも暮らしに採り入れる工夫を凝らしていると感じる。図書館で、ガラス張りの老舗レストランで、いまは博物館になっている建築家アールトの自宅で、教会のなかで、ああ、こんなふうに光が降りそそいでくる構造になっているのか、と、ふとした拍子に気づくのだ。暗い冬でも、淡い光が射してくるほうへ、人は自然と顔を向ける。フィンランド共和国の黎明期を取り上げた『処刑の丘』のなかで、ひとびとが苦しみながらも前を向き、顔を上げて生きようとする姿は、暗い時代にあってほのかに見える光のほうへ進もうとする、力強さにあふれている。この先の100年も、彼らはきっと、熱と光に導かれて未来へと歩んでいくにちがいない。彼らの言葉で書かれた物語を日本語に翻訳することで、わたしはその歩みにそっと寄り添っていきたいと思う。

古市真由美
 追記:今回の冬の旅でお世話になったみなさま、ほんとうにありがとうございました。いちいちお名前を挙げることはしませんが、心からの感謝を捧げます。この旅の記憶は、サウナのやわらかい熱のように、わたしを内外から温め続けることでしょう。

(2017年3月)

古市真由美(ふるいち・まゆみ)
東京都生まれ。フィンランド系企業に勤務の傍ら、フィンランド文学の紹介、翻訳に携わる。主な訳書にレヘトライネン『雪の女』、サンドベリ『処刑の丘』、キンヌネン『四人の交差点』、サルヤネン『白い死神』、ロンカ『殺人者の顔をした男』、シムッカ『ルミツキ 血のように赤く』などがある。




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