ここだけのあとがき

2013.01.08

堂場瞬一『穢れた手』ここだけのあとがき[2013年1月]

堂場瞬一 shunichi DOBA


「あとがき」を書くのは嫌いだ。
 言いたいことは本編の中で言い切ってしまっている(と信じたい)ので、そこに何かつけ加えるのは余計だと思うし、何だか言い訳めいた感じもする。
 だったらどうしてこの「あとがき」を書くのかというと、一つだけ言っておきたいことがあるからだ。
 これは「警察小説」ではありません。少なくとも書いた本人はそう思っています。
 もちろん、警察を舞台にしているし、主人公は刑事だし、事件も起きるという外形的事実から見れば、紛れもない警察小説である。堂場が最近凝っている「バディ物」の一種、と読む人もいるだろう。
 だが最近、書く意識が「警察小説」から離れてきているのだ。ではどこへ向かっているのだ、と問われると困るのだが、「そこではないどこか」という以外に説明しようがない。
 そもそも「警察小説」というくくりが一般的に使われるようになったのは、ここ十年ぐらいのことだと思うのだが、一読者として見れば、これが実にばらばらで、共通しているのは「警察官が主人公であること」以外にない。作者の狙いもばらばらだろう。
 そして実は元々、「ミステリとしての警察小説」を書いている意識が薄いのだ。
 最近のミステリは、全般的に「どんでん返し」が好まれる風潮が強くなっているのだが、そもそも私自身、この手の作品が好きではないので、一般受けするミステリの路線からは遠ざかってしまう。好きではない話は、基本的に書けませんよね。しかも、ミステリなら必須の殺人事件(なんて書いてた巨匠がいましたね)が起きないことさえある。気づけば誰も死なないまま、700枚書いてしまうことも珍しくないのだ。
 何が言いたいかというと、ミステリとしての警察小説を期待されて本書を読まれると、がっかりするかもしれない、ということ。本書は、「たまたま警察を舞台にした」二人の男の歪んだ友情の物語、ということになるわけです。
 ほら、言い訳じみてきた。自分の書いた本を自分であーだこーだ言うのはみっともないでしょう? だから「あとがき」を書くのは好きではないのです。

(2013年1月8日)



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