お節介の放課後
「皆さん、こんにちは。いかがお過ごしですか。お忙しいあなた、休憩中のキミ、昔の若人も今業平も、しばしお耳を拝借。お相手はカズキヨこと和清(やまときよし)です。本日は日本のライツヴィルと言われる――え、言われてない? いいんだよこういうのは、言ったもん勝ちなんだから――御出町(おいでちょう)からお送りします。特別ゲストに御出学園の生徒さんたちが来てくれました。ようこそ。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
「御出学園では帰宅部が正式なクラブ活動として認められているって聞いたけど、どういうこと?」
「成績は平均以上を取り、通学区域で社会奉仕活動するという条件で、ですけど」
「なかなか厳しいな、成績が悪いとどうなるの」
「校舎のトイレ掃除。そのときは“トイレ掃除部”ってからかわれます」
「そりゃいいや。社会奉仕活動は、どんなことをするの」
「帰り道に商店街があるので、そこのイベントを手伝ったりしています」
「商店街のイベントか、いいねぇ。俺、そういうの好きなんだ……ところで座敷童みたいなお嬢ちゃん、さっきから何を読んでるの」
 春ちゃんがこっそり机の下で文庫本を開いているのに気がついた和清さんが、「見せて」と手を出した。春ちゃんはしぶしぶ本を渡す。春ちゃんは重度の活字中毒である。
「も、申し訳ありません。春田は緊張しているのです」
「むしろくつろいでいると思うけど。俺、ゲストに内職されたの初めてだわ。ところで君、なんというか、ちょっと両棲類っぽいキャラだな。お名前は?」
「広田益次と申します」
「ああ、『悲しみのサンショウウオ』のPNで葉書をくれる子か。没ばっかりでごめんね。君の葉書、パンチが足りないんだ。大衆が求めているのは、一度見たら忘れられないようなどぎついインパクトだよ。お色気があるとなおいい」
「そんなもの、御出町(うち)にはありません」
 ぼそりと呟いた仁藤聖に、和清さんが顔を向けた。
「君、結構なイケメンだな。俺の若い頃には負けるけど」
 和清さんは「カメラさん、こっちこっち」と声をあげて、斜め四十五度でポーズを決めた。
「これ、ラジオですよね」
「おっ、齧歯類っぽい君、坂口君だっけ。突っ込みのタイミングと声が良いぞ。ところで、サンショウウオ君からの葉書に出てくる『小出君人形』、御出口駅の改札で見かけたけど微妙だよなあ。なんであれが町のイメージアップになると思ったんだろ……ん、何この段ボール。え、ラジオに出るって言ったら、役場の人がお土産にどうぞって持ってきた?」
 ミカン箱くらいの大きさの段ボール箱には手のひらサイズの小出君がみっしり詰まっていた。和清さんは小出君人形を一つ取り出しかけたが、すぐ箱に戻して蓋を閉める。
「この小出君人形が町に設置されてから、不思議なことが起こるようになったのです」
「ほう? 具体的にはどんな」
「小出君が歩いたという噂が流れまして……」
「関節ないよね。どうやって歩くの」
「オークションに出したら高値になったのです」
 和清さんは「お持たせで恐縮ですが」と、役場が持ってきた箱を広田の前に押し出した。横から坂口が「どうぞご遠慮なさらず」と押し返す。
「御出学園にはバミューダトライアングルがありまして、七夕の短冊が現れたり消えたり……」
 和清さんは「残念ながらどれも没だな」と首を振り、「帰宅部の皆さんでした」と話を締めくくろうとした。
「ちょっと待ってください。正式な帰宅部の紹介をするんですよね」
「帰宅部って帰るだけだろ。話広がらないし、もういいや」
 え、もういいって。俺たち何も話していないけど? 
「お、俺たち、帰宅部なのに帰り損ねてばかりなんです。まっすぐ帰るにはどうしたらいいでしょう」
「班長の佐々木君だっけ。君、『困ってる』とか『手伝って』とか、言われやすい体質なんだと思う。体質改善から始めてみたら?」
 あまりの返しに固まった俺の隣で、仁藤が笑いをこらえている。
「あの、和清さんにお願いがあるんです」
「お願いって何かな、委員長タイプのお嬢ちゃん」
 美緒はしゃんと背筋を伸ばして頭を下げる。
「実は和清さんの大ファンの部員がいるんです。仁藤晶っていうんですけど、インフルエンザにかかってしまいまして」
 熱が何だ、ウイルスが何だ、ひとめ和清さんに会うのだ、と文字通り這って玄関まで行ったところで力尽きたらしい。
「近いうちにもう一度御出町に来てくださいませんか。晶ちゃん、熱に浮かされて『怪奇、怪奇』って言い続けているんです。あまりにも不憫で。どうかお願いします。この、仁藤聖君のいとこで、凄い美少女なんですよ」
 美少女、の単語に和清さんの眉がピクリと動いたが、すぐにふっと眉を下げる。
「悪いけど忙しくてさ、俺のスケジュールは二年先までびっちりなんだ。それにこのご時世、未成年は色々問題があるし。成人したらゆっくり会おうと、その晶ちゃんに伝えてくれ」
「そ、そこを何とか……」
「まあ、これからも懲りずに葉書は送ってくれよ。採用されればロケに来ることもあるかもしれないし。そうだ、座敷童ちゃんに本を返さないと。『お節介な放課後』、何これ面白いの? 青っぽくてさわやかな表紙だな。ちょっと美化されてるけど、君たちに似てるね。おっと時間だ。御出学園の帰宅部の皆さんどうもありがとう。小出君人形が欲しい人は番組HPまで。カズキヨことヤマトキヨシがお送りしました。またねー」

(2018年8月22日)



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