ここだけのあとがき

2008.09.05

麻見和史『真夜中のタランテラ』[2008年9月]

難しさはありましたが、新しいタイプの
「義肢をめぐるミステリー」が出来上がりました。

第16回鮎川哲也賞作家による、渾身の受賞第1作
(08年9月刊『真夜中のタランテラ』)

麻見和史 kazushi ASAMI

 

 ミステリー小説はその作品のテーマとなる「縦軸」と、事件や謎の「横軸」から構成されると考えています。
 鮎川哲也賞をいただいた『ヴェサリウスの柩』は「解剖学教室とご遺体の話が書きたい」という気持ちが強かったため、縦軸がかなり太くなりました。二作目を書くにあたって今回は横軸、謎解きのほうもきっちりやろう、というのが最初に立てた目標です。

 そのためにも、いい題材を見つける必要がありました。せっかく書くのだから先輩作家さんたちが取り上げていないものがいい。
『ヴェサリウスの柩』では死体を描きました。ミステリーの世界に死体はいくらでも出てきますが、「ご遺体」としてテーマに据えた小説はあまり見かけませんでしたから、これを書いてみようと思ったのです。
 今回もそうした題材が見つけられないだろうか、と考えました。過去、ミステリーの小道具として使われているものを、別の角度から描いてみようというわけです。読者の皆さんに馴染みがあり、小道具として使われていながら、まだ深く掘り下げられてはいないもの──。
 義肢装具士について書かれた本を見つけたのは、そんなときでした。自分にはあまり縁のない職業だし、どんな勉強をしてどう就職するのかもわからない。しかし、だからこそ書く価値があるのではないか。
 早速、義肢や義肢装具士について調べ始めました。やがて、これはとても興味深く、縦軸にも横軸にもなり得る題材だ、という確信が持てました。
 こうして『真夜中のタランテラ』の骨格は徐々に形成されていきました。

 そこから先、作品が完成するまでずいぶん時間がかかってしまったのですが、それには理由があります。
 義手や義足の歴史をひもとき、構造を学び、実際に作っている会社を見学したりするうち、自分の中に迷いが生じてきたのです。
 ミステリー作品で、小道具として義肢が描かれることは過去にも例があります。しかしこれから私がやろうとしているのは、義肢を謎解きに使うだけではなく、切断者──義肢ユーザーの生活を描くことです。いろいろと調べるうち、私にもユーザーさんたちの苦労がわかってきました。そういう人たちが殺人事件に巻き込まれるような話を書いてしまって、いいものなのかどうか。
 今考えてみれば、義肢という題材を縦軸、横軸に決めた時点で、これはいずれ必ず生じるはずの問題だったのでしょう。
 人間ドラマ的な部分まで描きたいと思えば、どうしても義肢ユーザーに近い目線で物語を綴ることになります。書いていくうち作中人物に感情移入してしまって、
「いや、これ以上ひどいことはちょっと……」
 とブレーキがかかるのは、予想されたことだったわけです。
 良いミステリーを書きたい、まだ誰も考えたことのない物語を作りたい、という気持ちがありました。しかし義肢を作品のテーマにしようとしたせいで、こうしたジレンマに陥ってしまったのでした。
 トリックのためだけに義肢を使うのであれば、ここまで頭を悩ませることはなかっただろうと思います。

 最終的にこの形でいこう、と決断できたのは、ある義肢装具士さんとの出会いがあったからでした。
「休日出勤もあるし、給料もみんなが思うほど高くない。義肢の仕上げでユーザーさんとトラブルになることもある。まあ、楽な仕事じゃないですよ」
 苦笑いしたあと、その方はこう続けました。
「それでも、義肢装具士になりたいという若い人が増えているのは、やっぱり嬉しいですね。この仕事のことを、もっともっと世の中の人に知ってもらいたい。結果的には、それがユーザーさんのためにもなるはずですから」
 共感するものがありました。このとき私は、義肢ユーザー、そして義肢装具士の方たちを応援する意味で『真夜中のタランテラ』を書き上げよう、と決めたのです。

 人間ドラマを描き込むと謎解きの切れ味が鈍くなる、トリックで無茶をすると人間ドラマが嘘っぽくなる。そんな難しさはありましたが、新しいタイプの「義肢をめぐるミステリー」が出来上がりました。これまでのミステリー作品とは異なる、一風変わった義肢の描き方をお見せできると思います。ぜひお楽しみください。

 最後に──執筆中、東京創元社の担当氏には貴重なアドバイスをいただきました。今になって初期の原稿を見ると、冷や汗が出ます。あらためてお礼を申し上げます。

(2008年9月)

麻見和史(あさみ・かずし)
1965年千葉県生まれ。立教大学文学部卒。2006年、『ヴェサリウスの柩』で第16回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。リーダビリティある筆致によって、医学部解剖学教室で展開される壮大な復讐劇を描き、注目を集める。今後の活躍が期待される新鋭。

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