ここだけのあとがき

2013.01.08

『ポケットに地球儀』刊行記念特別掌編 安萬純一「ガチガチ山殺人事件」[2013年1月]

『ポケットに地球儀』刊行記念特別掲載
安萬純一「ガチガチ山殺人事件」


「次はガチガチでいきますか」
「えっ? ははぁ、僕が作中にしばしばタヌキを出すからといって、カチカチ山みたいなものを書かせようというのなら、それはちょっとお門違いだな」
「いや、ガチガチっていうのはいわゆる擬音副詞というか、パンパンとかピチピチとかドンブラコドンブラコというような」
「ドンブラコは擬音かい。まあいいか。君が言いたいのはようするに本格ガチガチっていう意味だろう」
「わかっているなら変なことを言わないでくださいよ」
「いやね、ガチガチって言葉には微妙なニュアンスを感じててねえ」
「どういうことですか」
「本格プロパー系の人が使うぶんにはまったく問題ないんだが、そうでない人の場合、しばしば本格物をバカにしたり揶揄したり打擲するために使う場合が多いんだよね」
「打擲はないでしょう」
「たとえば『僕はそんな蟻のはい出る隙間もないようなガチガチってわけじゃなく、もっと幅広く柔軟な作品を手がけているつもりなんです。大切なのは面白さだし』とか『ワタクシはガチガチ物はどうもねえ。なんか頭でっかちな男の子がしゃかりきになって作ってるって感じでしょ』とか『おいらはガチ・ハードボイルドやしね。最後は暴力でナシつけねえと締まらねえっショ』とかね。こういう表現を見るにつけ、ガチガチって言葉はあまり見たくないなと思うわけよ」
「最後のは完全におかしいでしょう」
「ふむ、しかしカチカチ山ねえ……」
「どうしたんです」
「君の発言にはある意味、核心を突いた部分があったような気がしてね。カチカチ山のミステリ化ってのは、いつかやってみたいと思っていたんだよ実は」
「やっぱりそっちですか」
「だってね、カチカチ山ってのは考えれば考えるほどすごい話だと思うんだ。なにしろいきなり人肉嗜食だろう。グリム童話などにもかなり残酷な話があるのは有名だけど、これはそれらに勝るとも劣らない。たんに婆さんを殺すだけではすまなかったのか。しかもその肉を、タヌキが自分で食べたというのならともかく、配偶者である爺さんに食わせるという発想、これは半端じゃないとは思わないかい」
「そうですね。そう言われれば、子供向けとしては如何なものかという気もしてきますね」
「そしてここで大きな疑問が生じる。爺さんと言えばいくら昔とはいえ、人生五十年は過ごしてきたはずだ。そんな人間が、はたして鍋物になっていたにしろ、見慣れない、それも大量の肉(なにしろ人間ひとりぶんだ)を見て、何も不思議に思わなかったのか。また実際に食してみて、はて、この味はいったい何の肉なんだろうとは考えなかったのか。そのあたりが書かれていない」
「たしか婆さんに化けたタヌキが、これは、あのイタズラタヌキの肉ですと言ったんじゃなかったですか」
「そうだね。しかしこの物語、最初から最後まで爺さんの心情がまったく書かれていないのには意味があるように思えるんだ。きっと爺さんは、食べながら何かを感じたはずさ。しかしどういうわけか、最後までなにも口を挟むこともなく食べ終えた」
「自分が婆さんの肉を食べてしまったとわかったときのショックはすごいですよね」
「そう。そのはずさ。しかしそれも書かれていない。本来ならここが一番の書きどころなのにだ。故意ではなかったとはいえ、自分の配偶者を食ってしまった者の思い――そこが一番知りたいとこじゃないの。というわけで、さっき言った『故意に伏せられた爺さんの心情』が問題になってくる。これは書いてしまうと問題になりかねない。この話を読む子供らに、それこそトラウマを与えかねないことだからね」
「なんですかそれは」
「つまりね、やはり爺さんは鍋をつつきながら、薄々、自分が何を食っているか気づいていたんじゃないかということだよ」
「まさか……」
「いや、ここが重要な謎のひとつだ。爺さんはもしかすると、こんなことを思っていたのかもしれない。『婆さんも、おらに食われたなら本望だべ』とか。だがもちろんそんなことは書けない。だからこの話にはどこか、重要な点が故意に抜け落ちているような印象がつきまとうわけさ」
「なるほど、で、重要な謎のひとつと言いましたけど、ふたつめもあるってことなんですか」
「ああ、まあね。ふたつめは、後半に登場してタヌキを殺してしまうウサギのことさ」
「ああウサギ」
「あれはどうしてウサギだったのか」
「え、それはあまり意味はないんじゃないですか。たんに相手がタヌキだからとか」
「いや、それだけじゃ説明できない点がある。ウサギを使ったということは、それは爺さんたちとはなんの血のつながりもないということを示しているだろ。動物の種類が違うんだから。なのにあのように執拗にタヌキを攻め続け、ついには溺死させてしまうまで手を弛めない。昔話には結構、最終的には悪者をゆるすという展開も多いんだが、これはそうではない。だが、それをやったのが爺さんの子供ないし孫というのならともかく、赤の他人のウサギだという点が引っかかる。現代に照らしてみれば、まずウサギの有罪は揺るがないところだろう。裁判員裁判になったら少しは揉めるかもしれないが」
「ふむ、言われてみるとたしかに、どうして他人が復讐するんですかね」
「たんに爺さん婆さんに可愛がられていたからでいいのか。それに、物語が終わった後、ウサギがどうなったのかがわからない。爺さんとふたり、末永く仲良く暮らしましたとは書かれていない。僕はね、この事件は最初からすべて、爺さんが仕組んだんだと思う」
「えっ、一番の被害者であるはずの爺さんが?」
「そう。ここで挙げたふたつの謎を総合して考えると、それが一番合理的な解釈だ。爺さんがタヌキをそそのかして婆さんを殺し、証拠である死体を食べてしまう。そして今度はウサギをそそのかし、知りすぎたタヌキを始末する。書かれてはいないが、おそらくウサギも処分されたんじゃないかな。婆さんを食べちゃう爺さんだ。ウサギなんかペロリだろう」
「なるほど、そうなると充分ミステリになりますね」
「これに、証拠と伏線を配して本格物に仕立て上げれば――」
「ガチガチ山殺人事件というわけですか」
「いま人気の学園ものにできないかな」
「爺さん婆さんにタヌキとウサギでどんな学園ものですか」

(2013年1月8日)

安萬純一(あまん・じゅんいち)
1964年東京都生まれ。東京歯科大卒。2010年、『ボディ・メッセージ』で第20回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作はほかに『ガラスのターゲット』がある。



ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
バックナンバー