ここだけのあとがき

2011.07.05

『ガラスのターゲット』刊行記念特別掌編 安萬純一「日常の謎殺人事件」[2011年7月]

■『ガラスのターゲット』刊行記念特別掲載
安萬純一「日常の謎殺人事件」


「今度は日常の謎でいこう」
「はっ、アマンさんがですか」
「そうだよ。いつも血みどろだったり体が吹き飛んだりばかりじゃ、読者が限定されてしまうからね。日常の謎は人気だし。ただね、やっぱりただの日常の謎じゃ変わりばえがしないから、ちょっと捻ってみようとは思うけどね」
「捻るって、どんなふうにです」
「ほら、よく日常の謎の作品が批判される理由として、出てくるのが善人ばかりというのがあるだろう」
「ああ、そうですね」
「怪しげな行動が、実はある人のためを思ってのことだったというパターンが多いね。たとえば、AちゃんがテストのときにBちゃんの筆箱を隠したのは、Bちゃんにカンニングをさせないためだったとか、時間に几帳面なCさんが待ち合わせにわざと遅れたのは、親友のDさんが計画していた銀行強盗を未然に防いで、Dさんを犯罪者にしないためだったとか、真面目なEさんが授業中に教科書を逆さに持って、しかも扇子のようにあおいでいたのは、無能な教師に、いかにだめな授業をしているか自覚させ、クラスのみんなのために有能な先生と取り替えようとしていたためだったからとか、ね」
「……ちっ、ちょっと待ってくださいよ。アマンさんって、どんな日常の謎を読んできたんです? 特に最初のやつ、筆箱ごと隠されちゃったら、Bちゃんはテストそのものができないじゃないですか。0点でしょう。二つめのも銀行強盗って日常の謎ですか? それに最後のEさん、どちらかというと善人というより怖い人ですよね」
「ふむ。まあともかく、登場人物が善人ばかりだと、読んでいる方が気恥ずかしくなってしまうというわけなんだな。これはたとえて言えば、ケーキ・バイキングでセンベイが欲しくなるみたいなものだね。ふかふかのクッションばかりに腰掛けているとセンベイ布団が恋しくなるみたいな。つまり甘さと辛さのハーモニーが大切だってことなんだろう。でも、ついでに言うけど、ポテトチップをチョコレートにつけこんだやつは、あれはあまり食べたくないな」
「ああ。あれは僕も好きじゃないです。ところで、捻りの意味がまだですけど」
「僕が考えた捻りってのはね、一見善人ばかりと見えた登場人物たちが、最後には実は全員悪人だったという展開のことなんだ」
「はぁ? なんか、よくあるパターンを逆さにしただけじゃないですか」
「まぁ砕けた言い方をするとそういうことだな。だが、片方の上履きを隠しただけの子が、実は殺人者だったらすごいだろ。本を一ページ置きに読んでいる変な奴と思った相手が爆弾製造者だったら。最終的には登場人物みんなが誰かを殺そうとしていたことが知れる。このさい種明かしをしてしまうと、そのターゲットはあなた。つまり読者を殺そうとしていたという恐るべき話なんだ」
「……はぁ。しかし、殺人とかがバンバン出てきちゃうと、日常の謎じゃなくなっちゃうんじゃないですか。アマンさんの普段の話と変わらないでしょう」
「ニュースには毎日、殺人事件が出ている。もはや殺人は日常さ。爆弾で三十人吹き飛ばそうが、人体をぶっつぶそうが、日常の謎といえば言える。要は作者が言い切ってしまうかどうかだろうね」
「……開き直ってますね。で、タイトルはどうするんです」
「タイトルはずばり『日常の謎殺人事件』だよ。まあ、タイトルはいつもボツるから、どうなるかは判らないがね」
「はぁ、タイトルがですか。……そういう騙され方っていうのは、日常の謎ファンは好まないんじゃないですかねえ」
「読者一人一人の好みまで斟酌してられないよ。はっはっ」

(2011年7月5日)

安萬純一(あまん・じゅんいち)
1964年東京都生まれ。東京歯科大卒。2010年、『ボディ・メッセージ』で第20回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。


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