ここだけのあとがき

2014.08.05

秋梨惟喬『矢澤潤二の微妙な陰謀』ここだけのあとがき

秋梨惟喬 koretaka AKINASHI



 この小説は果たして何なのでしょうか。どのジャンルに入るのでしょうか。
 本格推理小説……違いますよね。まあ一応理論は通しているつもりですが、基本が出鱈目だし。いわゆる〝狂人の理論〟物でもないつもりです。
 SF小説……それっぽい話はありますし、そういう単語も多出してはいます。でもこちらも肝心なところはほとんど出鱈目です。〝量子力学〟〝波動〟などはトンデモ用語として使っているだけで、むしろ真面目なSFを馬鹿にしている気もします。
 ホラー……といえばホラーなのでしょうか。結構怖い話もあるつもりだし。でも怖がらせることを狙っているわけではないんですよね。
 幻想小説……かもしれませんけど、舞台は非常に俗っぽい。幻想小説ってもっと高尚で、こういう雰囲気じゃないような気がします。
 サスペンス……ないですね。少なくともそれを売りにするほどではありません。
 ハードボイルド……んなわきゃあない。

 かつて、創元推理文庫には分野別のマークがついていたことをご存じでしょうか。
 本格推理は帽子の男、サスペンスは猫、ハードボイルドと警察小説は拳銃、怪奇と冒険が帆船、SFはそのままアルファベット。そして時計マークの〝法廷物、倒叙、その他〟というジャンルがありました。世が世なら、そしてこの小説が文庫なら、〝その他〟として時計マークが附されていた可能性が高いですね。もっともレナード・ウイバーリーのグランド・フェンウィックシリーズが帆船でしたから、そこに入る可能性もあるのかな。


 世には罪な陰謀論が幅を利かせてきました。
 アポロは月に行っていない、フリーメーソンが世界を支配している、地球温暖化は嘘である、ナチスはユダヤ人虐殺をしていない、等々。9・11陰謀論は日本の国会議員にも嵌ってしまった人がいました。UFOも陰謀論とやたら仲がいいですね。
 いずれも、あまりに馬鹿馬鹿しかったり、ちゃんと調べたらすでに否定されていることがわかってしまうものだったり、どうせ論じるのなら、もう少し理論武装してほしいと思ってしまいます。
 2014年夏の現在、ニュースを見ても、一歩間違えば、あるいはすでに立派な陰謀論、というネタがいくつもあります。陰謀論を面白おかしく、しかし本当らしく語って、それを生業にしている人たちもいます。
 とはいうものの。
 そもそも、推理作家はミクロな世界の陰謀論を描いている、といえないこともないんですよね。その何でもないような記述には裏があり、ラストには大きなどんでん返しがある、というのが本格ミステリの魅力である以上、陰謀論の手法と重なる部分があることは確かなんですよ。
 でもそれはあくまでもフィクションであって、現実ではないことを前提として楽しむべきものです。遊びの世界であるべきです。これはそのための連作集です。陰謀論を楽しんでください、ぜひ。
 もちろん、陰謀論に対する痛烈な批判、だというような捉えかたをしていただいてもいいのですが、基本げらげら笑いながら読んでほしいです。H・L・メンケンの言葉に、「抱腹絶倒一回は三段論法千回に勝る」いうものがあるそうな。結果は同じなのですから。


 陰謀論っぽさを出すために、いくつかポイントとしているところがあります。例えば、

▼やっていることの採算が、明らかに合わない……この程度のことに、これだけの費用をかけるのか?
▼理論が循環している……宇宙人はUFOに乗って地球に来ているんだから、ワープは可能に決まっている、とか。
▼相対性理論が嫌いで、量子力学が好き……全く理解できていないけど。
▼政府や警察は強大な力を持っていて、何でも隠蔽できる……これだけの力があるのなら、陰謀なんて必要ないのでは?
▼自分の説に都合が悪い話は無視する……9・11陰謀論、アポロは月に行っていない説などはその代表です。


 一応、作品解説をしておきますか。

「サイキック・キラー作戦」
 東京創元社が創元SF短編賞を創設した時に遡る作品です。この情報を聞いて、じゃあ自分も一本、という感じで書いてみたのがこれです。もちろん実際に応募するつもりはありませんでしたが。他に比べて短いのは、その条件に合わせて書いたためです。
 超心理学の石川幹人さんには申し訳ないですが、基本的に超能力を心理学の延長で研究するのはどうかな、と思います。物理学或いはせめて医学の分野で研究するべきでしょう。

「モンキー・マジック作戦」
 ライアル・ワトソンは非常に楽しい本を何冊も世に送り出してくれた人物です。わかっていて読むのなら、なかなかのエンターテインメントだと思います。とくに『シークレット・ライフ』は腹を抱えて大笑い。
〝百匹目の猿〟現象が本当にあるとしたら、どういう問題点が出てくるだろう、とシミュレートしてみた一本。

「ゴールド・ラッシュ作戦」
 暗号物で意外に重視されていないのが、動機ではないでしょうか。
 なぜ暗号化しているのか。誰に何を伝えるために暗号化したのか。それが曖昧なまま済まされてしまうことが多いような気がします。嚆矢であるポオの「黄金虫」はその辺りちゃんとしているのに。

「コズミック・ラヴ作戦」
 話の中にも出てきた、唐沢俊一さんの『新・UFO入門』がきっかけとなりました。
 宇宙人はなぜ馬鹿なことばかりするのだろうか。それは――作者は素直に受けとって、シミュレーションを暴走させた結果がこれです。
 余談ですが、作者の部屋にはハセガワのアルカディア号のプラモが一番艦から三番艦まで揃っています。やはりマッコウ鯨型の一番艦・三番艦よりも青いイカ型の二番艦が好き。その横にはランベア、バルグレイ、シュデルグ、ダロルド、そしてヤマトが。
 ちなみに一番ホラーっぽい、と思っているのがこの一本。ナントカの赤ちゃん、みたいな。一見ハッピーエンドですが、よく考えたら一番後味が悪いのではないでしょうか。本人はやたら幸せであるだけに。かの映画でも、一番ぞっとするのは、ラストのヒロインの幸せそうな顔じゃありませんか?

「ドラゴン・バスター作戦」
 この話の主人公の大学時代の経験は、作者のそれをオーバーラップさせています。作者は建築ではなく中国史でしたが。佐治芳彦さんの古史古伝物や荒俣さんの本、その他ニューエイジっぽい本を、あれこれ読んでいたものです。もっともビリーバーにはなりませんでした。両親がもともとそういうタイプの人なんです。テレビのUFO特番や心霊特集を大笑いしながら視る一家でした。
 この辺りで変則ものを、と思って書いた一本です。消失トリックは解明されることなく終わっていますが、ここまでの作品をお読みいただいた皆様には、その真相は明らかですよね。

「ミスター・アンタッチャブル作戦」
『装甲騎兵ボトムズ』シリーズは、作者はガンダムよりも好きかもしれない作品。高橋良輔監督に関しては、サイボーグ009から、ダグラム、ガリアン、レイズナー、ガサラキ、そしてチャチャまでソフトを持っていて、大好きな監督の一人です。
 矢澤物の第二作がこれでした。つまりシリーズ化の元になった話なんですね。まずはネタを思いつき、そのあとでこれは「サイキック・キラー作戦」と似た話になるな、だったら矢澤でいいじゃないかとなって、様々な肩書で出現する謎の男(たぶん国家公務員)・矢澤潤二という設定が誕生。つまりこの異常な作品世界が成立した、ということですね。
 最早怖いものなし。


 矢澤のモデルは喪黒福造ですか、という指摘を担当さんから受けました。でも、意外にそうではないんですね。
 むしろイメージとしてあったのは、バロネス・オルツィの〝隅の老人〟です。自分の推理を女性作家(女性新聞記者?)に一方的にまくしたてて、満足すると姿を消してしまう。結果が正しかったのかどうか、推理が真実だったのかどうかはちゃんと描かれていない。しかも自分が一級の犯罪者、らしい――という感じで。
 ちなみに、〝隅の老人〟といえば、安楽椅子探偵の祖なのか否か、という議論があります。最近は、否、というのが主流のようで、作者もそれに与します。作者的には、このシリーズは、ミステリの解決編のみから成っている作品である、と解釈すべきだと思います。つまり、前段としてあるべき捜査や証言の描写が省かれているから安楽椅子探偵にみえる、というだけのことなのではないでしょうか。
 最近、作品社から完全版が出て、読んでみたのですが、いやあこれがなかなか面白い。シンプルながら、あらゆる犯人のパターンが揃っていて、まさに見本市です。とくに書く側からすると、教科書的或いは図鑑的な作品集ですよ。お薦めです。
 ちなみに、コンセプト的には〝隅の老人〟ですが、具体的なキャラクターのモデルは別に存在します。
 藤村忠寿氏――かの『水曜どうでしょう』のチーフ・ディレクターです。別名〝ヒゲ〟〝デブ〟〝魔神〟〝カブトムシ〟、番組ではスタッフでありながら声の出演で大泉さんやミスターよりも目立っている藤村氏。「~ですなあ」などと小馬鹿にしたような口調で、人のいい大泉さんを騙して窮地に陥れる、時に悪魔のようなあの雰囲気が矢澤に再現できていれば嬉しいのですが。

 最後に、ちょっと真面目な話を。

▼▼最近、意外性を求めるあまり、無理をしている部分があるような気がする。多重人格・異常心理・疑似科学といった怪しげな世界はそろそろいいのではないか。推理作家はトンデモに弱すぎる、無防備すぎる面があるように思う。こういうものの欺瞞を暴くのが、ホームズ以来の本格物の持ち味ではなかったのか。トンデモと戦えとはいわない。片棒を担いではいけないと思う。▲▲

 これは原書房の『2005本格ミステリ・ベスト10』に、那伽井聖名義で載った作者のアンケート・コメントの一部です。
 世にはトンデモ情報が溢れていて、簡単にはそれとわからない場合も多いようです。立派な装幀の本で、巻末に膨大な参考文献、帯には有名人の推薦の言葉が載っていたりすると、かなり突拍子もない説であっても、本当だと思ってしまいたくなります。ましてや、それが日本初公開の最新にして最強の情報だ、となると舞い上がってしまうのも無理ないのかもしれません。
 本格ミステリ界でも、〝トンデモ本の世界〟シリーズでネタにされて、散々突っ込まれて、嗤いものにされているような情報をトリックに使ってしまっている例がしばしばあります。結構ビッグネームの方々でも。陰謀論は、書き手としては、とくにミステリ作家としては、前代未聞のトリックが創れるわけで、非常に魅力的な世界なのです。甘美なのです。逆にいえば、取り憑かれると恐ろしく始末に悪いわけで。
 トンデモ情報を安易に信じてしまっていたことで恥をかく以上に、本格物において〝間違った〟情報をベースにした推理或いはストーリーを展開することは、読者に対してフェアではないからです。知らなかった、真実だと思っていた、で済む話ではないと思います。作者も含めて、注意が必要だと思います。心しましょう。


 念のために申し上げておきます。
 これはあくまでも小説です。フィクションです。間違いありません。信じる信じないはあなた次第、ではなく、信じてはいけません。作り話です。
 作者が知ってしまった真実を、そのまま発表することが不可能なため、小説という形で発表した、などということは、決してありません。
 くれぐれも、お願いします。


(2014年8月)

秋梨惟喬(あきなし・これたか)
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科(東洋史学)卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に収録される(ともに那伽井聖名義)。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞。


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