ここだけのあとがき

2011.11.07

秋梨惟喬『憧れの少年探偵団』あとがき[2011年11月]

 今時、大人向けの文庫で、なんと少年探偵団の登場です。
 発端は第二回創元推理短編賞(1995年)まで遡ります。この回は受賞作こそなかったものの、ただ落としてしまうには残念な作品がある、ということで六編を集めて出版されたのが『推理短編六佳撰』、そこに拙作「憧れの少年探偵団」(那伽井聖名義)が収録されました。それから16年。今回大人の事情もあって、シリーズ化の運びとなりました。

 短編「憧れの少年探偵団」は、シリーズ化を前提とした作品ではありませんでした。そもそも少年探偵団物を書きたいという気持ちすらなかったのです。少年探偵団を出したのは、この作品の柱の一つである怪人二十面相解釈を論じるのに必要だったからにすぎません。
 ですから探偵団メンバーのキャラクターも深く考えて創ったものではなかったのです。お気づきかもしれませんが、少年探偵団の構成は藤子不二雄さんの漫画のパターンです。月岡君がドラえもん(エイリアン)、時雄君がのび太(一般人)、未菜美がしずかちゃん(ヒロイン)、勝川君がジャイアン(ガキ大将)、司馬君はスネ夫ではなくて、彼だけ『オバケのQ太郎』からハカセ(頭でっかち)。少年探偵団という形があればよかっただけなのです。本当に必要だったのは、名探偵の月岡君と語り手の時雄君、物語を引っ張る未来美の三人。ですから勝川君は月岡君を肩に乗せる役割しかありませんし、司馬君に至っては台詞もほとんどなく、完全に数合わせキャラです。
 そのため今回の作業は、改めてメンバーの基本設定を作って、キャラクターに命を吹き込むところから始まりました。
 そして月岡君を除く四人が語り手になって自分や探偵団について語る、という構成を思いつきました。これが意外な効果を発揮、四人それぞれが、まあ喋る喋る、思い込みあり勘違いあり、意外な人物評あり思わぬ内面あり、無邪気でありながら意外に苦労人な彼らの人物像が、勝手にできあがっていきました。これをトリックやプロットに乗せることで、作者自身にも先が読めない、なかなか楽しいシリーズになりました。

 そして今回もうひとつ新たに創ったのが、桃霞(とうか)という架空の都市です。短編「憧れの少年探偵団」は、中央線沿いの街(杉並区か三鷹市、武蔵野市)を想定していましたが、具体的な舞台設定はありませんでした。
 桃霞市は東京都の西部に位置しています。川沿いの河岸段丘の街は青梅や秋川、モノレールが走っている大きな街は立川や多摩センター、石灰の積み出し駅は奥多摩、といった東京西部の街のイメージが融合して誕生しました。起伏があって、多摩川が流れる、緑豊かな大都市です。
 唐突ですが、漫画家・竹本泉さんの作品に、聖林檎楽園学園シリーズがあります。
 現在『アップルパラダイス』、『あかねこの悪魔』、「ブックスパラダイス」短編群、聖林檎楽園学園で起こるとんでもなく奇妙な出来事を追いかける美少女たちが、とんでもなく奇妙な真相(?)にたどりつく――きわめて大雑把にいえばそういう内容の連作です。その恐ろしいほどの奇想には圧倒されっぱなしですが、一方でSF者でもある竹本さんはそこに生真面目な辻褄合わせを仕掛け、結果ミステリ的な面白さを醸し出しているのです。作者はネタに詰まった時には、このシリーズを引っ張り出して気分転換をはかっていたりします。
 舞台である聖林檎楽園学園は広大な敷地を持っていて、学園内やその周囲には、温泉、炭鉱、大理石採掘場、ギリシア古代遺跡、砂漠とオアシスとピラミッド、マヤの遺跡、トレビの泉、青銅の灯台、流氷や幽霊船が来る入り江等々、とにかく何でもあります。というか、ネタで必要になれば、何でも創ってしまえる舞台なのです――ああそうですね、西岸良平さんの『鎌倉ものがたり』の舞台の“鎌倉”も同じ匂いがします。
 今のアニメや漫画、ゲームは――ガンダム以来特にそうなったと思うのですが――前もって詳細な設定を作り、その中でストーリーを展開していく、というのが主流です。確かにそれも間違いなく面白いのです。ただ、やっぱり続きすぎると飽きてくる。ガンダムやボトムズばかり見ていると、急にゲッターロボが見たくなるのですね。
 作者もそんな舞台がほしかったのです。後先をあまり考えないで好き勝手に何でも配置できてしまう空間が。それが桃霞市なのです。ですから今後、作品上の都合や作者の趣味で桃霞にはいろいろな施設ができていくことでしょう。さすがにピラミッドはできないと思いますが――いや、酒井勝軍的な日本ピラミッドなら可能性があるか。そういう都市ですから、本書の記述をもとに、桃霞の地図を作ることはやめてくださいね。絶対に矛盾が出てきます。出てこなければ、今後あえて矛盾させます。
 実はもうすでに妙なものができ始めています。桃霞市にはJRと私鉄が乗り入れ、モノレールが循環し、新旧二路線のケーブルカーが走り、石灰石運搬用の専用鉄道も残っていそうですし、かつては路面電車があって――鉄道ファンである作者の業が働いているのでした。
 今後桃霞で何が起こるか、正直作者にもわかっていません。桃霞少年探偵団も作者の思惑など無視して好き勝手やっていきそうです。探偵団だけではありません、狩野雪世も池野優雅も、亮さんも曾我も、或いは勝川のじいちゃんも狩野の親父さんも、何やら企んでいるような気配があります。乞うご期待です。
 では一応作品解説を。


「クリスマスダンス」は短編「憧れの少年探偵団」の改題です。基本ラインは同じですが、かなり直しています。初めは校正程度の手直しで済ませようと思っていたのですが、進めていくうちにこうなってしまいました。“こうなって”の内容が知りたい方は読み比べてみてください。作者の十数年の成長が見えるかもしれません……いや、見えないか。見えることにしましょう。
 もともとこの短編を書くきっかけになったのは、北村想さんの『怪人二十面相・伝』と黄金髑髏の会の『少年探偵団読本』という二冊の本でした。前者では明智小五郎が非常に嫌なやつに描かれていて、後者では文代夫人が明智のもとを去って二十面相に走ったという説を掲載しています。作者はこの非常に説得力のある二つの説を、心情的に認めたくなくて、このような作品になったのでした。
 ちなみにこの一編のみ小学五年生編です。といっても、これ以外の五年生編がこの先書かれることはないでしょう。なぜこのような扱いにしたのかは、次項へ。
「桃霞少年探偵団対清流戦隊」から、六年生編に突入です。新作四編をあえて六年生としたのは、作者自身が十六年を経て昔と同じ感覚で書ける自信がなかったからです。もし「クリスマスダンス」とあとの四編との間に違和感があるとしたら、それは彼らが六年生になって、少し成長したからだと思ってください。たった四か月ですが、彼らの年ごろには十分な長さだと思います。
 ちなみにこの作品で一番力が入ったのは清流戦隊の舞台部分だったりします。
「ルナティックを捕まえろ」は勝川章編ですが、作者のお気に入りは勝川君のじいちゃん。勝川君のキャラクターもそこからできてきたのです。いかしたじいさん好きは、もろこしシリーズから変わっていません。そのくせじいちゃんの名前がまだ決まっていないのですが。謎の銀牌を密かに持っている、ということはありません――たぶん。
「不愉快な誘拐」は司馬遷太郎編。探偵団の中で一番意外な転がり方をしたキャラクターが司馬君です。もともと人数合わせでしかなかった彼をどう膨らませるか、相当苦労するかと思いきや、一番スムーズにできあがっていきました。内面が作者に似ているからかもしれません。狩野雪世の存在も大きかったですね。
「異次元ケーブルカーの秘密」の語り手は鳥居未菜美。その意外な内面が描かれます。いきなり設定をかき回してきた新署長・鳥羽は、現在執筆中の長編の重要人物です。初めの予定ではその話がここに収録されるはずだったのです。ところが書き始めてみると非常に長くなりそうだったので、これは改めて長編とし、その設定を活かして別の短編――つまり「異次元ケーブルカーの秘密」――を書くことにしました。ですからこの一編は、次の長編のプロローグ的な面もあります。
 などと言いつつ、とにかくケーブルカーで一本書きたかった、それに尽きるのも事実なのでした。


 プチ情報をひとつ。
 メインの登場人物の名字は絵師から採っています。歌川・勝川・鳥居・狩野は江戸・明治に隆盛を極めた浮世絵や日本画の流派。他にも司馬江漢・伊藤若冲・鈴木春信・小林清親・曾我蕭白・鳥羽僧正・円山応挙・谷文晁・尾形光琳等々。
 ちなみに名探偵月岡芳人は、幕末から明治にかけて血みどろの無惨絵で名を成し、最期は狂死したとされる月岡芳年から。小林少年の名前である芳雄にもつながっていて、この命名センスは自画自賛したいところです。


(2011年11月7日)

秋梨惟喬(あきなし・これたか)
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科(東洋史学)卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に収録される(ともに那伽井聖名義)。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞。


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