ここだけのあとがき

2007.08.06

秋梨惟喬『もろこし銀侠伝』あとがき[2007年8月]

この世界でなければ使えない
トリック・プロットを用意する
第3回ミステリーズ!新人賞受賞作
「殺三狼」を含む連作短編集
07年8月刊
『もろこし銀侠伝』
秋梨惟喬

 まずはいきなりのお断り、というかお詫びというか。「殺三狼(しゃさんろう)」を含む連作集ということで、蒲公英と雲游の活躍を期待された向きには、いささか意表を衝いた構成となりました。でもこれはこれで、ちょっと変で、らしいと思うのですが。

 受賞の言葉でも書いたのですが、「殺三狼」はほとんど趣味で書いていた中国推理シリーズの一本です。このシリーズ、もともとは『水滸伝』の梁山泊百八人のメンバーのうち、目立たない、つまり単独エピソードを持たない者たちを主人公にしたオリジナルストーリーを創ろう、というところが始まりです。何しろそういう連中のほうが凝った恰好いい渾名を持っているんですよね。ヒントになったのは横山光輝の漫画版『水滸伝』の項充(こうじゅう)編・樊瑞(はんずい)編で、一作目も山東を舞台とした樊瑞と項充の物語です(ストーリーは全く違いますが)。
 このシリーズには一つ趣向があって、それはこの世界でなければ使えないトリック・プロットを用意するということです。でなければ意味がないし、何より書く楽しみがありません。とはいえ、たいていは現代物では馬鹿馬鹿しすぎて使えないようなものがこちらに廻ることになります。ここで肝心なのは、大真面目に使うこと。変な照れは禁物、あくまでも大真面目に。今川泰宏のアニメから学んだ精神です。

 ではいささかマニアックな作品解説。オタクなのでこのあたりはご勘弁ください。
 「殺三狼」のオリジナルはその水滸伝シリーズ二本目で、実に十年以上前の作品です。梁山泊の名医である“神医”安道全のエピソードとして誕生しました。梁山泊入りのずっと前、毒殺の疑いを掛けられた安道全が、数日の猶予をもらって自分の無実を証明するという筋で、安道全が二人に分かれて蒲半仙と雲游になりました。別の探偵役が登場するバージョンが未完のものを含めていくつかあり、その最新形態がこれです。
 なお、銀牌というアイテムは、退屈で面倒臭くなりがちな聞き込みシーンを救うために安易に考えだしたものだったはずなのですが、どうも作者も知らない、とんでもない裏があったようです。
 「悪銭滅身」のオリジナルは、『水滸伝』ラスト近く杭州で病死したとされているメンバーが実は生きていて、という話です。時遷(じせん)、楊雄(ようゆう)、朱富(しゅふ)、林冲(りんちゅう)に出家した武松(ぶしょう)を加えた五人が悪人を闇に葬り去るという筋で、つまりは必殺仕置人をやりたかったのですね。
 二年前に書いたバージョンで、メインキャラを同じ『水滸伝』の登場人物の燕青と許関忠(きょかんちゅう)に変え、舞台も大名(だいめい)になりました。ここでかなりストーリーが変わり、必殺ではない現在の形がほぼ完成、さらに許関忠が抱壺になり、慧晶和尚が加わって今回の最終形態です。
 実はオリジナルの設定が微妙に残っています。燕青がこそ泥の韓六郎に兄貴と慕われているのは、燕青の役をやっていたのが泥棒で軽功の達人である時遷だったからであり、また河北なのに運河が重要なポイントになっているのは、もとの舞台が臨安(杭州)だったからです。
 「北斗南斗」は書き下ろし。水滸・中国物はまだ何本もストックされているのですが、この程度の長さで本格物、という条件に合うものがなかったからです。バランスを考え、今回の四本の中で唯一叙述トリックを使ってみましたがいかがでしょう。
 作者はどういうわけか、いかした爺さん婆さんを書くのが大好きで、今回の四編いずれにも変な、そして恐ろしく強い老人たちが登場しますが、この作品は老人率がとりわけ高くなっています。本来の武侠小説でも、悟りを開いたような枯れた老人はまず登場しません。歳をとるほど武術もアクも強くなるのです。
 「雷公撃」はトリックは十年前からあったものの、使えるシチュエーションが限られるためなかなかうまく生かすことができず、試行錯誤していたものです。結果、現代物・戦時中物・近未来物などのバージョンがあります。本作はトリック以外は全くの新作ですが、完成できたのは青霞というキャラクターがうまく転がってくれたおかげです。ちなみに“青霞”の名は八〇~九〇年代の香港美人アクション女優、ブリジット・リン(林青霞)から。当たり役はもちろん東方不敗(『スウォーズマン 女神伝説の章』)、あのジェット・リーと華麗な空中戦を展開するぞ。

 ちなみに今回一つショックなことがありました。それは、どうも世間は武侠をあまり知らないらしい、ということです。担当の方には「“武侠”というのは一般的じゃありませんね」、受賞コメントを載せてもらった投稿雑誌の編集の方には「こういうタイプのものは初めて読みました」。『グリーン・ディスティニー』『HERO』がヒットし、金庸や古龍の小説が翻訳さらに文庫化され、それを原作にした香港テレビドラマのDVDボックスが次々リリース、『機動武闘伝Gガンダム』は“東方不敗”が登場する昨今、もうすっかりポピュラーになっていると思いきや――オタク特有の思い込みであったと反省しきりです。もっとも見方を変えれば、“武侠を日本に流行らせた”一人になれるチャンスなわけで、これは結構おいしいかもしれないという計算も働くのですが。
 武侠とは何かというと、“武”はフィジカルアクション、“侠”はメンタルドラマ(浦川留『武侠映画の快楽』)。簡単に言えば中国流チャンバラ小説です。時代小説とか歴史小説ではなくてチャンバラ小説、このニュアンスです。そう、難しく考える必要はないのです。
 ミステリーファンにお薦めしたいのは、金庸『侠客行』。このラストは武侠物でなければ不可能なトリック全開でぶっとびますよ。

 さて、この銀牌をめぐるお話は、まだ始まったばかりです。
 この先、銀牌はどんな時代のどんな場所に現れるのでしょうか。ずっと下って太平天国、それとも辛亥革命でしょうか。或いは遡って三国時代、ひょっとしたら慎到が生きた戦国時代なのでしょうか。
 また、蒲公英が雲游からこれを受け継ぐ経緯は描かれるのでしょうか。
 そして『水滸伝』との関わりは。梁山泊崩壊後の燕青はどのような一生をたどるのでしょうか。抱壺や慧晶和尚と再び出会うのでしょうか。
 そう、この物語はまだまだ続くのです――みなさんの応援があれば。

(2007年8月)

秋梨惟喬(あきなし・これたか)
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科(東洋史学)卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に収録される(ともに那伽井聖名義)。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞。

バックナンバー