ここだけのあとがき
学園生活をセンシティブな筆致で描く、
“ボーイ・ミーツ・ガール” ミステリ
(09年10月刊『午前零時のサンドリヨン』)

相沢沙呼 sako AIZAWA

 

 初めて目の前でマジックを観たときの驚きといったら、とても言葉にできません。マジシャンが手にしているのは、先ほど確かめさせて貰った仕掛けのないトランプなのに――。いえ、仕掛けがあったとして、どんな仕掛けなら、こんなことができるのでしょう。どう考えても解決不可能な現象を目の当たりにして、たちどころにマジックの世界に魅了されてしまいました。最初はトリックを知りたいという下心で踏み出したというのに、今ではもう演じるのが楽しくて仕方なくなっています。
 この『午前零時のサンドリヨン』では、そんな魅力的なマジックをテーマに、実際に今でもマジシャン達の間で演じられているトリックをいくつか取り上げています。「本当は、このマジックの凄さ、素晴らしさは文章じゃ伝えきれない!」とか、「このマジックのオチは、実際に目で見て確かめるべきだから、書いちゃいけない気がする!」などなど、わたしの中で葛藤がありました。これでもかなり加減したつもりですが、奇術マニアな方々には怒られてしまうのではと、びくびくしています。奇術を知っているからこそニヤリとできる部分も用意しましたので、どうかご容赦下さい。

 改めましてご挨拶を。相沢沙呼と申します。
 自分らしさを全面に押し出した作品を書こうと思い至って、趣味の奇術をメインに、高校生の主人公達が活躍するスイートなミステリに仕上げました。トランプの似合う女の子が探偵役ですが、死体とか殺人とか、そういった言葉とは無縁な内容なので、普段はミステリを読まない方にも楽しんでもらえるかもしれません。その反面、ライトな雰囲気であるこの作品で鮎川哲也賞を頂いたことに、大きなプレッシャーを感じております。
 作品の中には、自分の好きな要素をたくさん詰め込みました。タグを付けて保存するとしたら、「マジック」「恋愛」「高校生」「青春」「密室」「日常の謎」「太腿」でしょうか。わりと甘くて優しいお話が好きなので、結果的にふわふわのスイーツのようなお話になりました。ただ、実際に甘いお菓子は苦手です。本を作る過程で改めて作品を読み返してみると、ベタベタでクサイ展開が目白押しなので、若干気恥ずかしくもあります。糖分が多めのようです。ダイエットには向きませんね。

 今回の作品では奇術に関するタネ明かしなどは一切しないように努めました。逆にマジックを演じる人間として、タネ明かしなどを使わず、いかにマジックを演じること、観ることの楽しさを伝えられるかという部分に挑戦してみました。
 この作品で取り扱うクロースアップマジックというジャンルは、ステージ上で行われるような大がかりなマジックとは違い、カードやコインを使って、いつでもどこでも演じられるマジックが主体です。練習さえすれば、誰でも始めることができます。この本を読んでみて、「マジックを演じてみたい」と思った方が少しでもいて下されば、感無量です。
 そして、まだマジックを生で観たことがない方は、是非一度、目の前で不思議の魔法をごらんになってください。
 もしかしたら、その夜は眠れなくなってしまうかもしれませんが……。

(2009年10月)

相沢沙呼(あいざわ・さこ)
1983年埼玉県生まれ。聖学院大学中退。フリーのプログラマー。2009年、本書『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。


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