本書をこうしてリスト生誕二百年の記念の年に
読者のみなさんに届けられることを本当にうれしく思う。
この機会にぜひフランツ・リストの音楽に触れ、
彼の音楽思想を体で感じてほしい。
(11年10月刊『緋色の楽譜』訳者あとがき[全文])
酒寄進一 shinichi SAKAYORI
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2004年9月2日の夜、ぼくはベルリンのテーゲル空港に降り立ち、宿で一服したあと近くの酒場でビールを飲んでいた。ふと目にした店内のテレビでなにかが赤々と燃えている。火事のニュースだと思ったとき、「ワイマール」というテロップが画面下に浮かび、火を噴く建物の黒々とした輪郭が大写しになった。見覚えのあるシルエットだ。えっ、と思ったとき、テロップが変わって「アンナ・アマーリア大公妃図書館」という文字が目に飛び込んできた。
本書の冒頭でフランツ・リストの楽譜が見つかった場所と設定されているアンナ・アマーリア大公妃図書館は、ワイマールの歴史的建築群のひとつとして世界遺産に登録されたのを期に修復されることになり、その工事中に古い配線から発火して建物もろとも貴重な収蔵品が灰燼に帰した。文化をこよなく愛した大公妃アンナ・アマーリア(1739年-1807年)は、ドイツ文学の黄金期、ゲーテやシラーが活躍した古典主義時代の立役者だった。その個人蔵書がもとになったこの図書館には、この世に一点しかない手稿や絵画なども収蔵されていた。ドイツ文学をはじめとしたドイツ文化に関心を持つ人にとっては、まさに聖地といえるような場所だ。
じつはこのニュースを見た直後、この焼け跡から何か知られざる貴重な資料が見つかって……という妄想をたくましくしたのを覚えている。そのときぼくの脳裏にあったのは、ゲーテの代表作『ファウスト』の知られざる草稿だったが……。
一週間のベルリン滞在を経て、ぼくはシュトゥットガルト近郊に住むラルフ・イーザウのもとを訪ねた。再会した直後、ぼくらはこの炎上した図書館のことを話題にした。まさかその三年後、彼がこの火災事件を織り込んだ物語を書くとはそのとき思いもしなかった。
イーザウ宅に滞在中、もっとも忘れがたい思い出は、彼の友人である音楽家一家を訪ねた夜のことだろう。はじめから警告されていたようにひとりで五人分くらいの料理を食べさせられ、そのあとホームコンサートがはじまった。友人夫婦の両親は地元の交響楽団で名を馳せたチェロ奏者とフルート奏者。すてきな室内楽を堪能した後、家の地下にある音楽室で今度はウルズラさん=ピアノ、マンフレートさん=ベース、イーザウさん=ギター(ぼくは太鼓とタンバリン)で「カントリーロード」をはじめとするフォークソングを一晩中歌うことになった。まさかあの二人に捧げられた本をこうやって翻訳することになるとは知らずに。
このときのイーザウ訪問は、ちょうど翻訳中だった彼の大作『暁の円卓』(長崎出版刊)の打ち合わせを兼ねていた。1900年に生まれ、百年の命を与えられた主人公とこの作品のタイトルにもなっている悪の結社〈暁の円卓〉との戦いを通して20世紀のテロと戦争を描いた物語だが、十二人いる結社員のひとりを主人公は最後に倒し損ねる。作中ではその最後のひとりがどこの出身でなんという名前かも明かされない。まさか本書で、その最後の生き残りネクラソフに出会うことになるとは。
このネクラソフが典型ともいえるが、イーザウは頻繁に自分の作品の登場人物を別の作品にリンクさせていく。一作ずつに膨大な創作ノートが書かれ、作品中では語られない裏設定がそれぞれのキャラクターについて詳細に作られている。たとえば、ネクラソフは1820年生まれ。フランツ・リスト(1811年-1886年)より若干年下の設定で、本書のプロローグでもわかるように後年リストと〈力の音〉による力比べをする。本書は2005年に起こる物語なので、秘密結社〈暁の円卓〉はすでに解体しているが、ひとり生き残ったネクラソフは、フリーメイソンのマスターになり、本書で創作された秘密結社〈ファルベンラウシャー〉の長老として暗躍し、〈暁の円卓〉の意志を継いで世界の破滅を画策する。創作ノートでは目の色から性格までことこまかく設定されている。
ラルフ・イーザウの創作ノートは本書のほぼ半分の情報量、テキストデータにして352ページに及んでいる。実在の人物やアイテムとして使われる楽器や教会などに関する詳細なデータ、創作された架空の人物の設定集、今生きている実在の人物からの名前の使用許可、それから本書でテーマとなる共感覚やサブリミナルに関する情報など多岐にわたる。
創作ノートでは作品制作の過程もタイムラインに沿って詳しく記録されている。それによると、本書を最初に着想したのは、2003年2月5日、ドイツのテレビドキュメンタリー「共感覚――複数の感覚が混ざり合うとき」を見たときだという。音楽が持つすばらしさと危うさを「共感覚」を通して描こうというこのアイデアは、すでに冒頭で書いたように2004年9月のアンナ・アマーリア大公妃図書館火災事件によって拍車がかかり、フランツ・リストの存在が浮上する。2005年初頭、本格的な構想がはじまり、出版社へのプレゼンテーションは同年6月23日に行われ、2006年10月1日、イーザウの結婚30周年の日に脱稿した。
ぼくはこの年ドイツ滞在にあわせて、エンデの『はてしない物語』でモデルのひとつとなったと目されるトルコの内陸カッパドキアをまわる旅を計画していた。8月末、トルコへ旅立つ前に、ぼくはベルリンの書店で、長旅のあいだに読むためのとびきり分厚いファンタジーを買い求めた。それが『ネシャン・サーガ』第一部だった。まさかこの作品がミヒャエル・エンデの力添えで出版された本とも知らず、このときエンデがこの世の人ではなくなったことにも気づかずに旅をつづけた。エンデが亡くなったのは1995年8月28日だった。
このあとイーザウはエンデ以降のドイツ・ファンタジーの旗手と目されるようになった。『ネシャン・サーガ』を翻訳することになったぼくは、三部作完結後の1998年にはじめてイーザウを自宅にたずねた。以来、彼の代表的な作品を邦訳してきた。『盗まれた記憶の博物館』全二巻、『パーラ』全二巻、『見えざるピラミッド』全二巻、『ミラート年代記』全三巻(以上あすなろ書房刊)、『暁の円卓』全九巻、『銀の感覚』全二巻、それから日本オリジナル企画の絵本『わらいかたをおしえてよ』(以上長崎出版刊)、『ファンタージエン 秘密の図書館』(ソフトバンククリエイティブ刊)がある。
彼の作風は基本的にファンタジーだが、1999年から2001年にかけて出版された『暁の円卓』以降、サスペンス作品をコンスタントに書いている。邦訳されたサスペンス作品は『銀の感覚』に次いで本書が二作目になる。未邦訳を含むサスペンス作品を簡単に紹介しておこう。
2003年 Der silberne Sinn『銀の感覚』(長崎出版刊)
2004年 Der Herr der Unruhe『振り子の王』(未邦訳)
2005年 Galerie der Luegen『偽りのギャラリー』(未邦訳)
2007年 本書
2008年 Der Mann, der nicht vergessen kann『忘れることのできない男』(未邦訳)
2009年 Messias『メシアス』(未邦訳)
イーザウのサスペンス作品には必ず異能者が主人公として登場する。かっちりした歴史的事実を背景に、そうした人物を配する物語作りは、実際には『暁の円卓』から始まっている。この作品の主人公は一瞬先が予知でき、色を変える能力をもっている。それだけだといかにもファンタジーに聞こえるが、じつは相対性理論を根拠にした設定になっている。
『銀の感覚』では、すぐれた共感(エンパシー)の能力を備えた人物が登場する。この能力を兵器として活用しようとするCIAが絡み、1978年にガイアナで起こった人民寺院の集団自決事件から話がはじまり、共感の能力を備えた少女が生き残る。一方、マヤ文明やインカ文明以降、ガイアナのジャングルで人知れず生き延びてきた謎の民「銀の民」の末裔が共感の能力を備えた人物として登場し、現代文明の有り様に一石を投じる。
『振り子の王』は、1930、40年代のムッソリーニに支配されていたイタリアを舞台に、町のドンに時計職人の父を殺された若者の復讐劇が中心に描かれ、やがて若者とドンの娘の恋が絡み、まるで「戦時下のロミオとジュリエット」という様相を呈していく。若者はユダヤ人で、機械と心を通わせる能力があり、「機械博士」の異名を持つ。あまり語られることのないムッソリーニ治下のユダヤ人の運命に光が当てられる。
『偽りのギャラリー』はクローンがテーマになる。しかもこの作品のクローンは究極の人類を目指した両性具有だ。姿形から遺伝子にいたるまで、まったく同一の人物が十六人。ある者は謎の死を遂げ、ある者は自分を生みだしたその組織のボスに復讐するため、そのボスが経営する美術品保険会社を狙ってヨーロッパ各地の美術館を襲撃する。そして主人公は犯人と間違えられたことがきっかけで、美術館襲撃を追跡することになるジャーナリスト。物語にはやがて遺伝子の問題を超えて進化論とインテリジェント・デザインの対立へと展開していく。
『忘れることのできない男』は、見聞きしたものを瞬時に記憶し忘れることのできないサヴァン症候群の主人公が、19世紀に作られ、未だに解読できないビール暗号に挑む物語だ。この暗号解読の結果、現在知られているアメリカ合衆国独立宣言が贋作であることがわかってしまう、というところから思いがけない事件が起こる。
『メシアス』はアイルランドの小村の教会で、ある日、手と足に傷を持ち、イバラの冠をつけた全裸の男が発見されるところから物語がはじまる。イエスの再来、ついにハルマゲドンが始まったと人々は騒然となる。この真偽を確かめるために、バチカンから派遣されるのが本書の後半に登場する「異端審問官」へスター・マカティアだ。彼にかつて恋人がいたこと、そして娘がいること、そしてヘスター本人も神父であった父の道ならぬ恋の結果であることが読者に明かされていく。
先にネクラソフを例にして、登場人物が複数の作品にまたがるケースを紹介したが、本書では端役のマカティアがすでにどのような人物として設定されていたかを見ると、イーザウの創作の楽屋裏がよく見てとれるだろう。
ヘスター・マカティア略歴
1954年5月6日、グレイグナマナハ(アイルランド、キルケニー県)生まれ。彼の兄パトリックは1931年1月31日生まれ、1954年5月6日(つまりヘスターの誕生日)にベトナムのディエンビエンフーの戦いで戦死(享年23歳)。ヘスターはすでに子どものとき、父親シーマス・ウィーランに裏切られたと感じていた。そこで父親を怒らせるため、父親が嫌がることばかりする。たとえば、しばらくのあいだボクサーになる。その後、父親と同じ道をたどる。今は父親よりも立派な神父であることを見せたいがため、日々精進している。
中学校はロックウェルに通う。修学志願期に哲学を学び、宣教師活動はタンザニアで行い、修練期をキルシェイン神学校で過ごす。その後三年間(1978年-1980年)、修道誓願。この時期、神学と歴史学を学ぶ。そして1980年司祭に叙階される。だが、このときフィオーナ・キャロルと出合い、道を踏みあやまり、父と同じように成就することのない恋に落ちる。そして1981年6月24日、一人娘(あるいは二人?)アニー・サリバンが生まれる。こうした破戒僧は教会では日常茶飯事のことで、毎度闇に葬られる。彼はローマの修道院本部へ移り、やがてバチカンで地歩を築く。その後、列聖省で奇跡の真偽を質す〈信仰の促進者〉となり、天職となる。彼は教皇から〈聖下の名誉称号を保持する司祭〉の称号を受ける。
『メシアス』が発表された直後の2009年11月、ぼくはイーザウの朗読会に参加している。朗読された『メシアス』の主人公がこのマカティアであることに気づいたとき、ぼくの頭はスパークした。これは訳したい、だがその前に本書を訳さねば、そんなことを思ったものだ。
余談になるが、この朗読会の会場は不思議な本屋だった。買おうと思った本を店主が読み直したいから売れないといい、代わりに別の本をただでくれた。このときもらった本が一足先に翻訳したフレドゥン・キアンプールの『この世の涯てまで、よろしく』だ。本書の「著者あとがき」で「フリーメイソンの世界の思いがけない一面を見せてくれた」というプラッツァー氏がその店主。また彼の夫人はアイリッシュハープの製作者で、確認はしていないが、ハープ、竪琴、風鳴琴のアイデアに大きく貢献していると思われる。
朗読会のあと、書店の二階にあるプラッツァー邸のリビングで夫人が奏でた美しいアイリッシュハープの音色が今でも耳から離れない。イーザウはぼくの隣で懐かしいものでも聴くようにうっとりしていた。
音楽は美しい。人の心を打つ。だがただ美しいだけでなく、「人類の普遍言語」でもあるという考えを、イーザウはフランツ・リストと共有している。「風配図の足跡」の名のもとにイーザウは、リストのたどった道へと読者を誘い、音楽のもつ普遍的な力を深く考える機会にしてほしいと望んでいる。
本書をこうしてリスト生誕二百年の記念の年に読者のみなさんに届けられることを本当にうれしく思う。この機会にぜひフランツ・リストの音楽に触れ、彼の音楽思想を体で感じてほしい。最後に『この世の涯てまで、よろしく』の訳者あとがきの冒頭に掲げたベルトルト・アウエルバッハ(1812年-1882年)の言葉をあげて、ぼくがたどった音楽ミステリーの円環をひとまず閉じることにしよう。アウエルバッハはリストより一歳年下の1812年生まれだ。
音楽だけは世界語であって
翻訳される必要がない
そこでは魂が魂に語りかける
ベルトルト・アウエルバッハ
■ 酒寄進一(さかより・しんいち)
1958年生まれ。ドイツ文学翻訳家。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て和光大学教授。主な訳書に、イーザウ《ネシャン・サーガ》シリーズ、コルドン『ベルリン 1919』『ベルリン 1933』『ベルリン 1945』、ブレヒト『三文オペラ』、ヴェデキント『春のめざめ――子どもたちの悲劇』、キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』、シーラッハ『犯罪』ほか多数。
海外SFの専門出版社|東京創元社