Web東京創元社マガジン

〈Web東京創元社マガジン〉は、ミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーの専門出版社・東京創元社が贈るウェブマガジンです。平日はほぼ毎日更新しています。  創刊は2006年3月8日。最初はwww.tsogen.co.jp内に設けられました。創刊時からの看板エッセイが「桜庭一樹読書日記」。桜庭さんの読書通を全国に知らしめ、14年5月までつづくことになった人気連載です。  〈Webミステリーズ!〉という名称はもちろん、そのころ創刊後3年を迎えようとしていた、弊社の隔月刊ミステリ専門誌〈ミステリーズ!〉にちなみます。それのWeb版の意味ですが、内容的に重なり合うことはほとんどありませんでした。  09年4月6日に、東京創元社サイトを5年ぶりに全面リニューアルしたことに伴い、現在のURLを取得し、独立したウェブマガジンとしました。  それまで東京創元社サイトに掲載していた、編集者執筆による無署名の紹介記事「本の話題」も、〈Webミステリーズ!〉のコーナーとして統合しました。また、他社提供のプレゼント品コーナーも設置しました。  創作も数多く掲載、連載し、とくに山本弘さんの代表作となった『MM9―invasion―』『MM9―destruction―』や《BISビブリオバトル部》シリーズ第1部、第2部は〈Webミステリーズ!〉に連載されたものです。  紙版〈ミステリーズ!〉との連動としては、リニューアル号となる09年4月更新号では、湊かなえさんの連載小説の第1回を掲載しました(09年10月末日まで限定公開)。  2009年4月10日/2016年3月7日 編集部

硬質な抒情に満ちた本格SFの傑作 結城充考『躯体上の翼』[2013年11月]


天使の死んだ夏 上
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分厚い灰色の雲に覆われた炭素繊維躯体の都市群を、国務院と一部大企業が支配する〈共和国〉。百年あまりを費やして、共和国に張り巡らされた互聯網(ネット)への侵入に成功した少女・員(エン)は、その内部を探索するうちに、「cy」と名乗る謎の人物から呼びかけられる。数百年にわたる孤独に耐え、倦怠の時を過ごしていた員は、厖大な知識を持つcyと会話を交わすうちに、共感と友愛の情を抱くようになる。
員は人狗(ヒトイヌ)と呼ばれる獰猛な生命体と戦うため、大企業〈佐久間種苗〉によって造り出された人型の生体兵器だった。

百年ごとに繰り返される軍の緑化政策――実質的には共和国以外の文化を根絶するための、細菌兵器の散布――を目的とした船団の護衛のため招集をかけられた彼女は、船団が向かう先が、cyの居る都市・東景(トウケイ)であることを知り、はげしく動揺する。
員はcyへ向けて、東景から逃げるようメッセージを送るが、彼はある事情から現在の居住区を離れることはできないという。
彼を救いたい。せめて死のその時、彼とともにありたい、と願った員の脳裏に、不可能とも思える手段が閃いた。

――緑化政策船団211隻を私一人で墜とす。あなたが殺されないように。

それが、彼を救うただ一つの方法。
生体兵器として、数百年に亘る戦いと孤独を生き抜いた少女は、初めて自分の意志を持って戦いに赴いた。

一方、東景に向かう緑化政策船団は、謎の襲撃者によって輸送船が一隻一隻と墜とされていた。この異常事態に、本国からは〈道仕〉と呼ばれる指揮官を〈下載(ダウンロード)〉するよう、旗艦に指示が下される。千年にわたる人狗との戦いを経験し、非人間的な戦術を駆使する道仕が指揮権を掌握したことにより、戦いは激しさを増してゆく――



孤児の少女ナツと、抗争で妻子を失いサイボーグとなった男・シマを主人公とした『奇蹟の表現』で第11回電撃小説大賞銀賞を受賞し、第12回日本ミステリー文学新人賞受賞作『プラ・バロック』に始まる女性刑事クロハのシリーズで人気を博した著者の新境地ともいえる作品です。
『躯体上の翼』は2013年11月下旬発売予定です。SFでしか書き得ない、硬質な抒情に満ちた物語をお楽しみ下さい。

(2013年11月6日)




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酉島伝法『皆勤の徒』収録作品の人気投票・結果発表[2013年11月]


2013年8月29日から10月末日にかけて本ウェブマガジン上で実施しました、酉島(とりしま)伝法『皆勤の徒』(創元日本SF叢書)収録作品の人気投票の結果を発表します。なお、投票をいただいた方のなかから抽選で1名様に著者・酉島伝法先生より、手作り百々似マスコットを進呈いたします(当選通知メールはすでにお送りいたしました)。

*第1位「百々似(ももんじ)隊商」

以下に、頂戴いたしましたコメントを御紹介いたします(収録順)。

■「皆勤の徒」

・どの作品もとても好きなのですが、初読時の衝撃がもっとも強かったタイトル作に一票を投じさせていただきます。一社会人として働いている自分の中に、澱のように溜まっている言葉にならない不満や憤怒が、見たこともない物体の形をとってあらわれていて、それが「懐かしい」という感覚でフィードバックされました。私はこの世界をなんだか知っているぞ?というような。衝撃、としかいいようがありませんでした。(37歳・女性)

・ファースト・インプレッションの強さでこの作品に一票を投じる。「製臓物/製造物」のように、日常的な言葉と、その地口である異形語(?)とのイメージの落差に頭がクラクラすると同時に、妙なユーモアを感じて笑ってしまう。しまいには、実在の熟語すら、造語かと疑ってかかる始末。異化効果絶大の酉島ウイルスに感染したとでもいおうか。(53歳・男性)

・グロテスクな世界が淡々と描写されているが、時々ふっと面白味を感じる文章が表れるので、収録作中で一番すっきりと読めた。(23歳・男性)

・最初に出会ったこの作品が一番好きです。不条理な幻想小説、グロテスクのためのグロテスクと思えたものが(それだけでも十分に素晴らしいのですが)、読むうちにその背後に緻密で深淵な世界があることがわかる驚きと快感が忘れられません。言葉遊びの愉しみがあり、社長のユーモラスな魅力があり、ものづくり小説としての面白さもあり、と、豊穣であることはもちろんほかの三作も一緒なのですが、個人的な愛着はこの作品が一番です。「書き出しはどの一日からでもかまわない。」という導入も大好きです。(42歳・男性)

・ぬめぬめした世界描写が圧倒的でした。ここまでの異世界の体感は他に塁を見ないというか、『ドグラマグラ』や『家畜人ヤプー』を超える奇書かもしれませんね。(52歳・男性)


■「洞(うつお)の街」

・イメージ喚起力では一番だと思う「皆勤の徒」とギリギリまで迷いましたが、あの異様な世界の青春学園物から始まって世界と自分の秘密の一端が示される終盤まで、目が離せない展開に引っ張られて一気に読んでしまい「くっ、これはあざとい…」と思ってしまったこの作品を一番に。(43歳・男性)

・悩みに悩んで、やはり「天降り」の壮大なイメージをとりました。(43歳・男性)

・「教室」という、知らぬ者の無いありふれたシチュエーションによって読者の想像の枠をまず確立し、そこから舞台を動かしつつ、めくるめく語彙によって脳内のイメージを次々と歪めていく過程に震える。教室を出る頃には、いつの間にか読み手はすんなりと異界の街に立たされる。「想像力の浸食」という伝法氏の手腕が最も強く発揮された作品ではないか。切なく苦しく、愛おしい。(40歳・男性)

・ただただ青春のまっしぐらを感じさせる作品。人物の外観につい囚われてしまうけれども、その奥にあるものを見据えて読むべきなんですよね?(55歳・女性)

・気持ち悪さがいちばんさえてた!(18歳・女性)


■「泥海(なずみ)の浮き城」

・酉島伝法風、遠未来異形世界における、まさかの私立探偵物は、ふたつの意味で好きな作品です。ひとつは舞台設定。海上に浮遊している謎めいた城に生活している人々という舞台そのものが非常に面白く、伴侶を得たはずにも関わらず焔硝成分が増えていくという不可解な謎は魅力的です。世界の秘密を解き明かそうとする様子は、SF的でもありますし、ミステリでもあるなと感じました。そして、もうひとつは、もちろんキャラクタ。生物固有の能力でステルスを張ることができる主人公の、ちょっと卑屈で、かなり弱気な性格が、まさに私立探偵のそれで、読んでいて何度も応援したくなりました。(29歳)

・ポストヒューマンSFの根底にあるのは世代間の抗争だと、この作品集を読んで思う。正直、どれも重い話である。ここで描かれるのは望まれない誕生、生き延びるために子供を犠牲にする親、代償の大きすぎる再生。こうした死のイメージが、表面的などろどろぐちゃぐちゃより、よっぽど作品を暗いものにしている。本作も例外ではないが、死者に対する深い哀悼の念が作品を暖かくしている。これは昆虫探偵ラドウの逃避と悲嘆、探求と救済の物語だ。ディテクティブ・ストーリーとしても、エキゾチックな城下町(どちらかというと江戸の町並みを連想した)の描写も、驚愕の結末も、どれもSFならではの喜びと感動を満喫させてくれる。(49歳・男性)

・「皆勤の徒」、「洞の街」がイメージつけづらく難渋しましたが、典型的なハードボイルド探偵小説スタイルの今作で、やっと作品世界の楽しみ方が伝わってきた感じがしました。お城好き、昆虫好きにとっても応えられない描写がたくさん。蒸し風呂ならぬ虫風呂には入ってみたいし、仔虫たちがかわいい。主人公の南無絡操愛好が違う形で落ち着くラストにも感嘆。(41歳・男性)

・「泥海の浮き城」のキャラクター名には、どれもカタカナが紙面から飛び出してくるような響きの心地よさがあって、それを楽しむために何度も読み返したくなります。(42歳・男性)


■「百々似(ももんじ)隊商」

・どの作品も大好きなのですが、「百々似隊商」は作品世界の構造がダイナミックに明かされ、他の作品より一段メタなスケールで描かれているので選びました。もふもふの百々似が好きで好きでたまりません。あまりに好きすぎて百々似絵文字を作ってしまいました。( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )(∴ )( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)( ∴)(女性)

・作品自体が明るく面白くハッピーエンドに見えるが、この作品の未来が、「皆勤の徒」の世界だと考えると、その間にあった?界[せかい]の変化に想像が働き面白い。(21歳・男性)

・世界観はもちろん百々似のという存在も素晴らしいです。あと未来の世界で食べているものが気がつかないうちに変わっていく描写がすごく好きです。読み耽っていたせいで電車乗り過ごしました。(女性)

・過酷な環境のなかを往くももんじたちがけなげで可愛い。登場人物はしばしば身体の一部を失っている・失うが、くよくよしている場合じゃないといわんばかり諦めの良さが、差し迫った状況を生々しく伝えてきます。(女性)

・やはりモフモフの百々似と、健気なうまりちゃんの魅力がたまらなかったです。あと、キャラバンの描写が好きです。(26歳・女性)

・練り上げられた文章が、これだけの長さ、テンションを切らすことなくつづいていく。ただもう圧倒されたのでした。(34歳・男性)




(2013年11月7日)


 

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『極光星群』刊行記念 第4回創元SF短編賞・贈呈式+トークイベント(8月9日)レポート[2013年10月]





 去る2013年8月9日、ベルサール飯田橋駅前において第4回創元SF短編賞贈呈式および年刊日本SF傑作選『極光星群』刊行記念トークイベントが行なわれました。お盆直前の平日ではありますが、用意した約70席が満席となるほど多数の観客の皆様にお越しいただきました(なお受付では、8月29日発売の酉島伝法『皆勤の徒』特製フライヤーも配布しました)。


受賞挨拶
 さて定刻になり、贈呈式の始まりです。第4回創元SF短編賞を「銀河風帆走」で受賞された宮西建礼氏に、小社社長・長谷川晋一より賞状と記念品の懐中時計が贈呈されました。宮西氏の、「作品を評価していただき誠にありがとうございます。次回作をなるべく早く世間に出せるように頑張ります」という初々しい受賞挨拶の後、トークイベントへ。

 まずは選考委員である大森望・日下三蔵の両氏、今回のゲスト選考委員である円城塔氏、および編集部の小浜徹也の4人が登壇。そして、大森氏と日下氏が編者を務める《年刊日本SF傑作選》の裏話からスタートしました。
小浜「今年はこの《年刊傑作選》以外にも、角川書店の日本SF作家クラブ50周年記念企画をはじめ、アンソロジーがたくさん出ていますね」
日下「昨年は小説誌で複数のSF特集が組まれました。(SF作家クラブ前会長である)瀬名秀明さんの尽力の成果でもあるのですが、驚くべきことにその流れがその後も続いているんですよ。SF特集を謳わなくても雑誌がSF作品を載せることも多い。そのおかげで良質な短編SFがたくさん発表されていて、収録候補を絞るのが本当に大変だった」
大森「この《年刊傑作選》を始めた2007年にはSFのアンソロジーもほとんどなくて、『収録作の分母が足りないんじゃないの?』なんて言われたこともあったのに、ここ5年くらいで、短編SFの発表数は劇的に増えたよね」
日下「逆に言えば選ぶのが楽になりました。よい作品が見つからなくて困る、ということはない」
大森「以前は、明確にSFではないSF寄りの文芸作品も積極的に選んでいました。でも最近はむしろ、ジャンルSF色が強い、ど真ん中の本格SFによいものがたくさんあるので、そこからだけでも選べるくらいになった」

 ついで話は、創元SF短編賞選考の件に。
小浜「まずは今回、初めて文学賞の選考委員を務められた円城さん、感想はいかがでしたか」
円城「最終候補作を読んで、みなさんおとなしいといいますか、真面目に書かれているように感じました。もっとふざけたほうがいいのではないでしょうか。おかしな人がナチュラルに書いた、ヘンなものが来るかと思っていたのですが。みなさん実際にはヘンかもしれないけれども、応募作はわりと正気を保ったものを送ってらっしゃいますよね」
小浜「でも、不真面目でも作品としてしっかりしている、というのはものすごい力量が必要ですよね」
円城「まあ、そこでこじんまりしているな、というのが第一印象でしたね。「皆勤の徒」のようなものが来るかと思っていたんですが……」
大森「「皆勤の徒」みたいなのが毎年来る、というのは、なかなかないですね。あれを読んだ人たちが一斉に「そうか、こういうのを書けばいいんだ!」と送ってくる……という事態はなかった、残念ながら(笑)。まあ、ああいう作品は書こうと思っても書けないですよ」
日下「今年の最終候補は、飛びぬけていいところや悪いところがあるという作品はなくて、いいところもあれば悪いところも少し、という平均的な作品が多かった。そのために公開選考会での議論が紛糾しなかったのは、観客からすれば面白くなかったかも(笑)」
円城「強力に推したい、好みが強く出た作品というものがなかったですね。あるいは、これを推してもほかの選考委員を説得できないだろう、という感じで決め手を欠いていた」
日下「個人賞があるせいか論争になりにくい、というのもあります。もめそうになってもつい、個人賞にする手がある、と思って引いてしまう。選考委員同士でもっと議論を戦わせたいですね」
小浜「考えるべき点ではありますね。今回の最終候補は、純粋にSFだけを読んで育ったのではない人が何人も残っていて面白いですね。文芸を書いていた方だったり。最終候補の櫻田智也さんは、つい先日ミステリーズ!新人賞を受賞されました」
日下「一般の文学賞を取りそうな作品もありましたし」
円城「創元SF短編賞って、狙いづらい賞ですね。選評で、どう対応していいのかわからないようなことを言われる。でも、この賞は傾向と対策を考えたほうがいいと思いますよ。1次からおなじ選考委員が選考しているわけだから、二人を唸らせるところまでは考えるべき」

宮西氏登壇
 ここで、受賞者である宮西建礼氏が登壇。
最初のSF体験は、と聞かれて24歳の宮西氏が挙げたのは、1994年放送のテレビドラマ「木星脱出作戦」。
宮西「オンボロ宇宙船で木星から地球に向かう話なんですが、その宇宙船の形状が好きでした。5歳か6歳ごろのことです。
その後、まず星新一にはまって、小学生から中学生のときに全集を読みました。一番好きなのは「処刑」です。それから中学生のころ、何かの拍子で『2001年宇宙の旅』に出会って、クラークを読むようになりました。映画も同じ頃に観たんですが、最後の10分で寝てしまいました(笑)。それから家の本棚にあったブラッドベリを読んで。その後はクラークを読んで、飽きてきたらブラッドベリとアシモフを読む、という感じでした」
大森「平成の子供とは思えないね(笑)」
宮西「日本作家には流れずにクラーク、アシモフ、ハインライン……大御所から離れられなくて、それぞれ100回くらい読み返しました。受賞作と関連する作品はいろいろありますが、最近読んだうちでは、やはりクラークの『太陽からの風』がいいですね」
大森「最近! ライトノベルとかもうちょっと読んだほうがいいんじゃ……」
宮西「友達にはライトノベル好きな人もいるんですけどねえ」
小浜「他に好きな作品は?」
宮西「あまり数は読んでないんですけど、ブラッドベリなら「霜と炎」、ハインラインなら『宇宙の戦士』ですね。8、9歳くらいの頃ですが、映画の『スターシップ・トゥルーパーズ』も大好きでした」
小浜「書くものに普遍的なSFのセンスがあるのは、そういう読書経歴のおかげかな」
宮西「『太陽からの風』のほかには『遙かなる地球の歌』も好きですし……太陽が爆発しますよね。爆発してそこから逃げる、っていうのが好きなんですよ(笑)」
大森「出てきたタイトルの中で、一番新しいのが『遙かなる地球の歌』とは(笑)」
宮西「太陽のようなG型恒星って実は、爆発させるの大変なんですよね。昔の小説は簡単に爆発させているんですが、科学が進んでそう簡単にはいかないことがわかってしまって……「銀河風帆走」では太陽面の爆発、ということにしました」
大森「そういうところが宮西さんの新しさだよね。宇宙物理学面がアップグレードされている。そこでみんな苦労しているわけですが……ところで、今のSFは読んでいないの?」
宮西「大学に入ってSFを書きはじめてから、勉強のために色々読みはじめました。野尻抱介さんの『太陽の簒奪者』、小林泰三さんとか……ただここ数年は読むよりは書くほうに割く時間が多くて」
大森「作品を書くために資料を読んだり、取材したりするの?」
宮西「大学図書館とネットにはお世話になりっぱなしですね。専攻は生物資源、畜産なので、ぜんぜん関係ない方向ですから」
大森「こういう、スケールの大きな、真っ向からの宇宙SFを書いてデビューする人って、藤崎慎吾以来かな。しかも、かならずしも現実の宇宙開発の延長線上にあるわけじゃなくて――」
宮西「僕はわりと頭が固いので、まず自分で自分をだませないと駄目なんですよ。こんなことはありえないだろう、と思ってしまうと書けない。それで、どこかに飛躍が入るんだと思います」
小浜「書いたものを発表したり、誰かに読んでもらったりしたことは?」
宮西「ないですね。恥ずかしいじゃないですか」(場内爆笑)
日下「応募するのはいいんだ(笑)」
宮西「こんなことになるとは思ってなかったんですよ(笑)。この作品については創元SF短編賞への応募を半年くらい前から意識して、いろいろ準備して書きました」
大森「傾向と対策は考えた?」
宮西「どうでしょう。僕は自分の書きたいものがしっかり発揮されるかどうかにこだわっていて、傾向と対策というのはあまり意識しませんでした。応募先として、ジャンルにも長さにも、この賞しかなかったんです(笑)」

トーク中
 ここで、宮西氏は降壇。代わって大森望賞の鹿島建曜氏、日下三蔵賞の高槻真樹氏、円城塔賞の与田Kee氏が登壇しました。

小浜「高槻真樹さんは日本SF評論賞の出身者(第5回選考委員特別賞受賞)です。偶然ではありますが、(第2回以降の創元SF短編賞では)毎年、同賞出身者の誰かしらが最終候補で評価されてますね。
日下賞となった「狂恋の女師匠」は、実在する同名映画(溝口健二監督作品)の失われたフィルムをめぐる、ミステリ仕立てのSFです」
高槻「今回も誰か評論賞出身者が応募するかな、とは思っていましたが(笑)、自分で思いついてしまったので書きました。小説を書いたのは久しぶりで、途中まではノンフィクションになるかも、と思っていたのですが、書き直しを繰り返すうちにうまく小説として落ち着いたので、応募してみました」
小浜「宮内悠介さんが、実在の人物からフィクションになだれこんでいく、という手法をとっていますが、この作品もそういう手法ですね。意図的なものですか?」
高槻「広島で開かれた日本SF大会に際して、宮内さんの「人間の王」の評論を書いたんです。最初に読んだときはすべて創作だろうと思ったんですが、事実に基づいていると知って驚きました。虚構のように見える本当のことを書くのはおもしろいですね」

小浜「さて、大森賞の鹿島建曜さん。「The Unknown Hero: Secret Origin」は『ドン・キホーテ』を下敷きにした話でもありますが、アメリカン・コミックスを朝晩読み続けた男が、その内容をすべて真実だと思いこむようになり、自分自身のことを宇宙規模の陰謀に巻き込まれたヒーローだと信じこんでしまう。そこに正気の知り合いがやってきて説得しようとするのですが、話せば話すほど男の理屈が暴走していってしまう。合間に山のようなアメコミの蘊蓄が入ってくる会話劇です」
大森「SFかどうかといわれると、ちょっと外れてくる話」
鹿島「自分でも正直なところ、正賞はないだろうと思っていました。でも、自分の書きたいものをストレートに書いていくと、ジャンルとしてはどこにも区分けできないものになる。自分としてはSFと主流文学のはざまにあるものという意識でいます。やりたいことはスティーヴ・エリクソンに近いんじゃないかと思います。彼の『黒い時計の旅』は、日本ではあまりこういうかたちでの紹介はされていないんですが、実際には、1930年代にアメリカの地方部から都市部に移り住んだ男が、ニューススタンドで初期のコミックブックの近くに並んでいたようなパルプ雑誌を読みすぎておかしくなってしまった話だと思うんです。そこに親近感を持ちます」
小浜「鹿島さんは文芸系の賞にずっと応募されていたんですよね。なぜSFに?」
鹿島「たぶん、自分の書くものはSFでも場違いかと思ったんですが、これまで創元SF短編賞の選考委員特別賞がかなり幅広い作品を受け入れているのを見て、これは正賞はなくても個人賞ならいけるだろう、と。
もっとSFらしいSFもいろいろ書きたいんですが、まずはいちばんやりたいことから、というつもりで応募しました」

小浜「それでは、円城賞の与田Keeさん。「不眠症奇譚」は、人間の睡眠と夢を奪うハエのような、ハチのような奇妙な昆虫が出てくる、南米を舞台にした幻想的な短編です」
大森「これは、今年のこの夏のような異常な蒸し暑さにぴったりの雰囲気」
円城「ハチなのかハエなのかも曖昧だったりして、ちょっと日本人が書いたとは思えないような味がありますね。海外幻想文学の翻訳を読んでいるような気持ちになる。この人の短編集を読んでみたいなと思いました」
小浜「与田さんはもともと写真をやってらした?」
与田「表現活動として写真をやっていたのですが、数年前から行き詰まりを感じていまして。写真は一枚で表現するんですが、写真の裏にある言葉を引っ張り出したくて、昨年から小説を書きはじめました。
これまでに読んできた小説は主に、ガルシア=マルケスやコルタサルなどの海外幻想文学系ですね。あとは映像ではSF的なもの、アンソニー・バージェスなども好きです。応募しようと思ったのは、短編集『きょうも上天気』(角川文庫)を読んで、SFが楽しそうだから、と思いまして」
大森「『きょうも上天気』の収録作との間には、作風にだいぶへだたりがありますが(笑)、ラテンアメリカ文学好き、という点には納得です。幻想文学の方向からSFに接点ができた、という感じですね」

会場の様子
小浜「出自がいろいろな方が出てくるというのはおもしろいですね。こつこつSFだけをたくさん読んできて自分でも書こう、というような人がいない」
大森「いや、いるんだけど途中で落ちてるんですよ(笑)」
小浜「まあ、理山貞二さんや松崎有理さんはかなり読んでますし、酉島伝法さんも間口が異様に広い人でたくさん読んでますが。
とはいえ、あまりSFを読んでいない人が新しいものをもたらしてくれるというのは、それはそれで健全な時代なのかもしれませんね。宮西くんの作品にしても、スタンダードとは違うものがある。そういうものがないと、似たような作品を再生産していてもジャンルはおもしろくならない」
大森「そうですね。書くほうは好きなものを書いてもらって、読むほうも好きなことを言って(笑)、それでおもしろければいいんじゃないでしょうか」
日下「SFでは、過去の名作を読んでいないとおもしろいものが書けない、ということはないんですよ。SFを全然読んでいなくてもパッとおもしろいものを書ける可能性がある。ミステリは過去の名作を読んでいないと絶対におもしろいものは書けない。それがジャンルの違いですね」

 それから会場にいらしていた前回受賞者のご紹介を経て、トークショーも終わりに近づきます。
小浜「そろそろ時間ですが、みなさん、なにか言い残したことがあれば」
鹿島「ちょっと危惧していることがあって……この会の流れだと、みなさん「この賞を取るにはSFを読んでないほうがいい」っていうまとめになりそうな気が(場内爆笑)そんなことはないので!」

 といったあたりで今年のトークショーもお開きに。
 閉会後は、恒例の懇親会をBarでこや(SF作家・中井紀夫氏経営)で行ないました。

 ゲスト選考委員に瀬名秀明氏を迎える第5回創元SF短編賞は、ただいま応募受付中。みなさまのご応募をお待ちしております。



 以下は余談となりますが、編集部はときどき、「創元SF短編賞応募者の年齢傾向」について尋ねられることがあります。少しデータを紹介してみましょう。
 第4回の総応募者494人を5歳刻みの年齢層別に分けた場合、「25~29歳」の層が最も多く、明確なピークとなっています。「20~24歳」の層がそれに続いて二番手につけています。30歳以上の応募者は、年齢が高くなるにつれて徐々に減っていき、50歳を超えたところで激減します。10代の応募者はごく少数です。
 一方、一次選考通過作53編について年齢層別に見ますと、「25~29歳」と「35~39歳」による作品が通過作のほぼ半数を占めています。この2つの年齢層は、応募数自体も多いのですが、通過率(応募数に対する通過数の割合)の高さでも目立っています。一方で「20~24歳」は応募数は多いわりに、通過率は低くなっています。
 また、第1回からの応募者の年齢移動を見ますと、回を重ねるごとに20代の新規応募者が増えている一方で40代以上の応募者が減ってきており、全体としては毎年若くなっていく傾向にあります。
 もちろん、選考は作品本位で行なわれますし、年齢で通過や落選が決まるようなことはありません。皆様におかれましては、自信作をどしどしご応募いただければと思います。以上、おまけ情報でした。


※ 大森望賞は受賞者より2022年3月に返上されました。


(2013年10月15日)





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