Web東京創元社マガジン

〈Web東京創元社マガジン〉は、ミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーの専門出版社・東京創元社が贈るウェブマガジンです。平日はほぼ毎日更新しています。  創刊は2006年3月8日。最初はwww.tsogen.co.jp内に設けられました。創刊時からの看板エッセイが「桜庭一樹読書日記」。桜庭さんの読書通を全国に知らしめ、14年5月までつづくことになった人気連載です。  〈Webミステリーズ!〉という名称はもちろん、そのころ創刊後3年を迎えようとしていた、弊社の隔月刊ミステリ専門誌〈ミステリーズ!〉にちなみます。それのWeb版の意味ですが、内容的に重なり合うことはほとんどありませんでした。  09年4月6日に、東京創元社サイトを5年ぶりに全面リニューアルしたことに伴い、現在のURLを取得し、独立したウェブマガジンとしました。  それまで東京創元社サイトに掲載していた、編集者執筆による無署名の紹介記事「本の話題」も、〈Webミステリーズ!〉のコーナーとして統合しました。また、他社提供のプレゼント品コーナーも設置しました。  創作も数多く掲載、連載し、とくに山本弘さんの代表作となった『MM9―invasion―』『MM9―destruction―』や《BISビブリオバトル部》シリーズ第1部、第2部は〈Webミステリーズ!〉に連載されたものです。  紙版〈ミステリーズ!〉との連動としては、リニューアル号となる09年4月更新号では、湊かなえさんの連載小説の第1回を掲載しました(09年10月末日まで限定公開)。  2009年4月10日/2016年3月7日 編集部

アーデン『熊と小夜鳴鳥』〈冬の王1〉、クルーン『セルリアンブルー 海が見える家』…紙魚の手帖vol.09(2023年2月号)書評 三村美衣[ファンタジイ]その1


 ウクライナ侵攻の根底にある、プーチン大統領のウクライナとロシアの一体不可分という主張は、十三世紀中期にモンゴルの侵攻によって崩壊したキエフ・ルーシの歴史に遡(さかのぼ)る。本書『熊と小夜鳴鳥』〈冬の王1〉(キャサリン・アーデン 金原瑞人・野沢佳織訳 創元推理文庫 一三〇〇円+税)は、その主張の正当性を問う上でも重要な十四世紀半ば、モスクワ大公が台頭する時代のルーシが舞台だ。

 物語の主人公はルーシ北部の領主ピョートルの娘ワーシャだ。モスクワ大公の異母妹である母は、ワーシャの出産と引き換えに命を落としたが、彼女は姉と三人の兄に愛されながら成長した。しかし野生児のように森を駆け回る末娘に手を焼いた家族は、父親に再婚を促(うなが)す。その頃、モスクワ大公イワン二世は、奇矯(ききょう)な振る舞いをする娘アンナの処遇に悩まされており、これを幸いとばかりに娘をピョートルに押し付けた。しかし継母となったアンナはワーシャを嫌い、ワーシャは次第に孤立していく……。

 ワーシャの奇行は、彼女が精霊と会話する力を持っていることに由来する。彼女は精霊を助け、魔物と戦おうとするのだが、彼女を阻(はば)む敵は魔物だけではないのだ。そして、実はその力は僅かではあるが継母アンナにも備わっている。ところがキリスト教の信者である彼女は、精霊を悪魔と考えており、それ故にワーシャを敵視し、狂気の淵(ふち)へと追い詰められていくのだ。年齢的にそれほど開きがあるわけではないが、置かれた立場も考え方も大きく異なるこの二人の少女のギャップが面白い。キエフ・ルーシの覇権争い、国家統一に都合の良い宗教が重用されて土着信仰が抑圧されるといった、この時代の歴史が巧みに取り入れられ、物語に深みと緊張感をもたらしている。冬の厳しいルーシの情景描写も素晴らしく、時に荒々しく、時に静謐(せいひつ)で美しく、それが善悪の範疇(はんちゅう)では語り得ない精霊の存在を際立たせる。

 著者のキャサリン・アーデンはテキサス州出身の作家で、惜しくも受賞は逃したが、本書がローカス賞第一長編部門、三部作の最終巻が出た翌年にキャンベル新人賞、さらに本三部作全体でもヒューゴー賞シリーズ部門の候補になっている。続巻も年内刊行予定とのこと。いろんな意味で、まさに今読むべきファンタジイであることは間違いない。

 人は未知の存在や理解できないものを恐れ、その恐れを差別感情によって乗り越えようとする。T・J・クルーン『セルリアンブルー 海が見える家』(上下巻 金井真弓訳 マグノリアブックス 各巻一一五〇円+税)は、魔法生物が同居するもうひとつの社会を舞台に、ケースワーカーの中年男性が、規則一辺倒の生き方から自己を解放し、新しい自由を手に入れるまでを描いた癒し系ディストピア・ファンタジイだ。

 魔法が使えたり、空を飛べたり、人ではなかったりといった幻想系の種族が人間と同居するもうひとつの世界。魔法青少年担当省のケースワーカーであるライナスが、存続の是非を評定するために派遣された先は、最高機密扱いの謎の養護施設だった。それもそのはず、小さな島に作られた施設で暮らすのは、世界を滅ぼす力を持った魔王の子や、存在しないはずのノームの女の子、光りものが大好きなワイバーン、クラゲのような正体不明の生物など、極めつきに特殊な子どもばかりだった。四十歳になるまでずっと、規則に従い、客観的な観察者として勤めあげてきたライナスだが、型破りな子どもたちに振り回されながら、やがて、ひとりひとりと向き合い、彼らの幸せについて考えはじめる。そして同時に、彼は自分の愛情についても向き合うことになるのだが……。

 設定はファンタジイだが、内容紹介から別種の小説の気配を感じ、警戒しつつ手に取ったところ、なんとこれがミソピーイク賞、全米図書館協会RUSA賞の受賞作なのである。設定はゆるいし、管理社会の描写や人々の差別意識も定型だが、人はいくつになっても、新しいものを受け入れる勇気さえあれば変わることができるし、社会に影響を及ぼすこともできるというオプティミスティックな軽やかさが心地よく胸に響く。そしてなによりも、魔法生物である子どもたちの種族間ギャップや言動がユーモラスで楽しく、にんまりさせられる。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。


谷口裕貴『アナベル・アノマリー』、マクドナルド『時ありて』、ディッシュ『SFの気恥ずかしさ』…紙魚の手帖vol.09(2023年2月号)書評 渡邊利道[SF]その2


 ディストピアといえば、全編まったくもって悪夢的なイメージが横溢(おういつ)するのが谷口裕貴(たにぐち・ひろき)『アナベル・アノマリー』(徳間文庫 一一〇〇円+税)だ。ゼロ年代に雑誌掲載された二編に書き下ろしで二編加えた、二十年越しで完成した連作短編集。人為的に超能力者(サイキック)を作り出す実験から生まれた少女アナベルは、あらゆる物質を変容させてしまう能力を発現させ、世界をあっという間に混沌(こんとん)に陥れる。アナベルはその能力を恐れた研究者たちによって瞬時に撲殺されたが、彼女にゆかりのある事物情報をきっかけにして復活し、大量の破壊と殺戮(さつりく)をもたらす。生き残りの研究者によって作られた対アナベル組織であるジェイコブスは、サイキックを駆使して異常事態を鎮静化する、というのが基本的な構図で、テレパスの「わたし」を中心に視点を移動させつつ黙示録的な物語が展開する。とにかく過剰なまでに膨大な情報を凝縮された文章に詰め込み、異常な速度と矢継ぎ早に増殖する絢爛(けんらん)たるイメージで進んでいくので、冒頭から数行は何が起こっているのかも判然とせずただ圧倒される。登場人物は全員頭がおかしいかあるいはおかしくなりかかっており、その狂気が世界の悪夢性をいや増しに増す。読了後に襲われる寂寥感(せきりょうかん)はちょっと他に経験したことがない種類のものだった。巻末に伴名練(はんな・れん)による、作品が発表された詳細な背景と作者の経歴を含む読み応え抜群の解説がある。

 海外作品からまず小説を。イアン・マクドナルド『時ありて』(下楠昌哉訳 早川書房 二〇〇〇円+税)は、二〇一八年の英国SF協会賞を受賞した中編小説(ノヴェラ)。川名潤(かわな・じゅん)による落ち着いた装丁の一六〇ページほどの瀟洒(しょうしゃ)な本の佇(たたず)まいが素晴らしい。古書ディーラーのエメットが、閉店する書店の在庫から手に入れた古い詩集に一通の手紙を見つけたことから、時を超えて戦時下の恋人たちの冒険を辿(たど)り直すことになる。全体のベースとなるエメットの視点と、恋に落ちる若き詩人トムの視点、そして手紙の三つのパートが綾(あや)なすミステリ仕掛けの迷宮的物語は、馥郁(ふくいく)たる文学の香気に包まれてひたすら心地いい。

 続いて評論。アメリカニューウェーヴきっての知性派トマス・M・ディッシュの『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志・小島はな訳 国書刊行会 四二〇〇円+税)は、正統派の教養と鋭い知性に裏付けされた辛辣(しんらつ)で皮肉なユーモアで、SF作品のみならず作家・読者・批評家で形作られる共同体をも批判する評論集。俎上(そじょう)に載せられるのはアシモフやブラッドベリ、レムなどの大御所から七〇年代末の新世代作家たち、さらにアメリカポストモダン文学やフェミニストなどにまで及ぶ。他にも、アブダクション体験記の書評執筆中にエイリアンに遭遇してしまう「ヴィレッジ・エイリアン」をはじめオカルトや宗教などの超越への志向に対する批判など、複雑な愛憎を込めた鋭利で歯に衣(きぬ)着せぬ抱腹絶倒の悪口の芸が楽しめる。思わず誰かレムとディッシュの架空対談を書いてくれないだろうかと妄想してしまった。もちろんディックやジーン・ウルフの作品などを取り上げた、的確な分析と賛辞を惜しまない書評も収録されている。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.09
ほか
東京創元社
2023-02-13


長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』、松崎有理『シュレーディンガーの少女』…紙魚の手帖vol.09(2023年2月号)書評 渡邊利道[SF]その1


 のっけから私事で恐縮だが、先日父親が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で死んだ。ボルヘスが愛好した直線でできた迷路のように、父と息子の関係は基本そっけなく至って単純なのに、しかし他人に説明しようとすると言葉を失ってしまうところがある。

 そんなことをふと思ったのは、今回のイチオシ、長谷敏司(はせ・さとし)の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房 一九〇〇円+税)の大きな要素の一つが、父と子の関係性だったからだ。本作は二〇一六年にダンスカンパニー大橋可也(おおはし・かくや)&ダンサーズとのコラボ企画で書かれた中編をもとに、ダンス公演(ウェブで動画が見られる)をふまえて練り直された長編小説。物語の中心は、将来を嘱望(しょくぼう)されるコンテンポラリーダンスの若手ダンサーだった護堂恒明(ごどう・つねあき)が、バイク事故のために片足を失い絶望しかけるが、起業家の友人谷口(たにぐち)に誘われ、AI制御の義足を装着しロボットと人間が共演する新たなダンスカンパニーの立ち上げに加わるというもの。谷口は、感情や知性は脳という内臓の働きであり、それゆえ可塑(かそ)性が保証されているのだという。片足を失い一度壊れてしまった恒明のダンスを、AI義足などを用いて再構築していくありようをモニターすることで、ロボットのダンスとは異なる人間のダンスに現れる人間性がどのような「手続き(プロトコル)」によって可能になっているのかを知りたいのだと。絶望から這(は)い上がり、新しい肉体にふさわしいダンスを見つけなければならない恒明は、人間性のプロトコルを見つめ直す試行錯誤を始める。それが軌道に乗り始めた矢先、世界的ダンサーで、恒明の憧れでもある父親の運転ミスによる交通事故で同乗していた母親が死亡、父親自身も重傷を負う。そればかりか、事故のショックのためか認知症の兆候が現れる……。冒頭から一瞬の緩みもなく緊張感が持続し、主人公の怪我(けが)からの回復、リハビリはもちろん、父親を介護する生活はひたすら重苦しく深いドロドロした闇の中に沈み込んでいくようなシビアな描写の連続で、それがAI制御による義足やロボットのクールで精密な記述と相俟(あいま)って作品のリアリティを倍増させている。一個一個論理を積み上げていく鍛錬と、一つ一つ目の前の問題を片付けていく生活を経て描かれるクライマックスのダンスシーンは圧巻だ。結末も一切容赦がなく読み終えたときには放心してしまった。

 一方、すっきり爽やかな読後感が気持ちいい、松崎有理(まつざき・ゆうり)三年ぶりの短編集『シュレーディンガーの少女』(創元SF文庫 八六〇円+税)は、「ディストピア×ガール」というコンセプトで書かれた、一種の未来史を構成する六編を収録。六十五歳前後ですべての人間が死亡するように設計された未来社会で、ある非合法な「施術」で生計を立てている老婆が、スラム街の少女と出会ったことから始まるハードボイルド「六十五歳デス」、肥満撲滅を目指す政府によって太った人間を集めて行われるデスゲームを描く諧謔的(かいぎゃくてき)な「太っていたらダメですか?」、数学嫌いの女子高校生が数学が禁止されている異世界に転生する数学ファンタジー「異世界数学」、夏休みの自由研究で絶滅した秋刀魚(さんま)の「味」を再現しようと奮闘する「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」、南の島に漂着した少年が少女と出会う切ない現代パートと、超大質量回転ブラックホールからエネルギーを取り出す高度な文明を持つ宇宙種族の少女が現代パートの情報を読む遠未来パートが並行して進む「ペンローズの乙女」、感染者をゾンビ化させるZウイルスによるパンデミックが起きた渋谷(しぶや)で、量子ロシアンルーレットで生き残りを賭ける少女たちを描く書き下ろしの表題作と、どの作品もシンプルなアイディアをとびきり活(い)かす舞台設定とキャラクターが用意されて、ぐいぐい読ませる。過酷な世界を描いているのにどの作品も結末の後味が素晴らしくよく、物語を支える冷静な文明批評的視点が絶妙なスパイスになっている作品集だ。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.09
ほか
東京創元社
2023-02-13


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