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8月某日 この『シックス・センス』の世界を霧のように覆っているのは恐怖ではない。悲しみだ。自分は他人と違っているのだという少年の悲しみ。その少年を愛していながらどうしても理解できない母親の悲しみ。かつてそうして少年を救い得なかったという精神科医の悲しみ。だが、やがて、私たちはそこに思いもかけない別の悲しみが存在していたことに気づく。 ――『シネマと書店とスタジアム』 | |
引き続き、猛暑であるー。暑すぎてもうなにがなんだかよくワカラナイ。 仕事場で缶詰に入って、汗を拭き拭き、毎日小説を書いている。長編一本をまとめて一気に書くのは久しぶりで、なんというか、体力勝負である。がんばるゾー。 夕方、ひと仕事終えて、近所の喫茶店に行った。アイスラテを飲みながら、プリントアウトした原稿をフンフンと読んだり、プロットのノートをチェックしたりしていると、小学生ぐらいのかわいい姉妹が、夏の子供特有の上気した赤い顔で、向こうからダーッと駆けてきた。 妹がコケた。 この店の床は硬い石でできていて、コケたらたぶん、すっごく痛い。わたしはここの床に自慢のあいふぉんをうっかり落っことして、パリーンという高らかな音とともに割ったことがある。近くにいた同い年ぐらいの男のお客さんに、(君に同情を禁じえないよ!)という顔でじーっと見られて、悔しいので平気の平左というふりをした。でも、悲しみと重圧で肩がぶるぶると震えた……。 いや、それよりもいまは、目の前のちびっこである。コケた妹は、痛さのあまりかいっそきょとんとして顔を上げた。と、追いかけてきた姉が、瞬間、魔法のように子供から姉さんの顔に変わり、ついで、右手に握っていたボロボロのうちわで、妹の顔を横から、一生懸命、扇ぎ始めた。 なぜだ。姉よ、なぜ仰ぐ……。 本能的にして、非論理的にして、謎の方法でいたわられた妹が、ほっとしたように痛みを胸に抱きしめ、へんな時間差で「…………びぇぇぇぇー!!」と、大音響で泣き始めた。ぎょ、鼓膜が破れそうだ。と、姉はますます必死で扇ぐ。びぇぇぇぇぇー!! だんだん、いっしょになって泣きたくなってくる。だってね、わたしも、ここで自慢のあいふぉん落として割ったんだよー! びぇぇぇぇぇー!! 妹はいつまでも泣く。姉はえんえん、扇いでいる。 暑いのと泣きつかれた(心の中で)のとで、ぐったりして帰ってくる。 この日は、帰宅して、風呂はいって、中で読みかけの『シネマと書店とスタジアム』(沢木耕太郎)をぱらぱらした。この世で、小説のつぎに好きなのが映画で、そのあと漫画で、内心、よくわかってないことを気にしてるのが音楽だ。映画評だと、沢木耕太郎と四方田犬彦がやっぱり好きだな……。だいぶんエモーショナルで、ちょっとだけ偏屈で、風の向くままで、けっして騙されない。男の子のこういうところにはあこがれのきもちが永遠にあるなぁ。 風呂から出てきて、こんどは『フォーチュン氏の楽園』(シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー)を開いた。こっちも、男の子たちによるイギリス小説セレクションシリーズの第二弾。南の島に旅立った宣教師、フォーチュン氏が、ウサギを追って穴に飛びこんだアリスみたいにどえらい目に遭い続ける冒険譚。中学生のころ大好きだったサマセット・モームを思いだしながら(著者の少年っぽい意地悪さが似てる)、ゴロゴロ、ユルユルと読んだ。 東京の熱帯夜は、今夜でもう四十何日か続いてるらしい。あちー、と寝返りを打ちながら、でもいつも通り本を読み続けた。 あちー。 ほんと、あちー。 |
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