創元推理文庫版『麗しのオルタンス』に、
昨年来日されたジャック・ルーボーさんのサインを頂きました。

『麗しのオルタンス』
その折に、読者の皆様にと、創元推理文庫版『麗しのオルタンス』にご署名くださいましたので、抽選で10名様にプレゼントいたします。
ご希望の方は下記応募要項をご覧ください。
【プレゼント応募要項】
ご希望のかたは、下の応募フォームよりお申し込みください。プレゼント選択のラジオボタンで『麗しのオルタンス』を選択してチェックしてください。当選発表は、作品の発送をもって代えさせていただきます。
■お申し込み締切 2010年3月31日(水)
お申込み登録には株式会社パイプドビッツのシステム「スパイラル」を利用しており、送信されたデータは暗号化された通信(SSL)で保護されます。
ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
パブで忙しく働いていたアンドリアは、思わずわが目を疑った。目の前にいるのは、彼のはずはない。心を裂かれる思いで五百年前の世界に残してきた最愛の人ピーア、スターカーム族の美しき若者ピーアのはずが……。
極秘のプロジェクトは中止になり、スターカームの世界に通じていた〈タイムチューブ〉は閉鎖されたはず。
いぶかしむ彼女に、プロジェクトの責任者でかつての上司ジェイムズ・ウィンザーが、もう一度トンネルの向こうで働いてみないかともちかけてきた。
愛しいピーアにもう一度会える……。アンドリアの胸は高鳴るが、それは新たな悲劇の幕開けだった。
時を越えた恋と戦いを描いたガーディアン賞受賞の傑作タイムトラベル・ロマンティック・ファンタジー『500年のトンネル』続編!
『500年のトンネル』
21世紀の私企業が莫大な費用をかけ極秘裏に開発した〈タイムチューブ〉。トンネル様の装置を抜けると、瞬時に別次元の時空間に移動することができる。調査隊が乗り込んだ先は16世紀のイングランド/スコットランド辺境地帯。そこでは戦いに明け暮れる荒くれ者のスターカーム一族が待っていた!
21世紀人は〈エルフ〉として畏れられる存在となり、〈人の国〉と呼ばれる16世紀側に対して未来の産物である「鎮静剤」を大量に提供、見返りに天然資源を要求する。共通言語のない異世界同士、契約など成立するのか?
21世紀から派遣された女性研究員アンドリアは、16世紀の美しく勇敢な若者ピーアと出会い、互いに唯一無二の存在となった。たとえふたりの帰属する世界が天と地ほども異なっていたとしても……。
無機的な21世紀と人間臭に満ちた16世紀のあいだに勃発した、時空を越える戦争にはばまれ、ふたりが苦難の末に選びとる道とは?
ガーディアン賞受賞のタイムトラベル・ファンタジー。
●三村美衣による、スーザン・プライスの同シリーズ作品『500年のトンネル』解説を読む
ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
(うわーっ、だめだーっ! それをやっちゃおしまいだろ、自分!?)
一騎は自己嫌悪に陥り、額を枕に何度も叩きつけた。
(亜紀子でやっちゃだめだ! 亜紀子でやっちゃだめだ! 亜紀子でやっちゃだめだーっ!)
眠れるどころか、かえって興奮して、目が冴えてしまった。しかたなくベッドから抜け出し、階下に降りる。
時計の針は午後一一時を回っていたが、母はまだ帰ってこないようだった。一騎はダイニングキッチンに行き、冷蔵庫からミルクを取り出して、コップに注いだ。
右手でミルクを飲みながら、何とはなしに、左手でテレビのリモコンを操作した。ちょうどニュースをやっていた。
〈自衛隊のヘリ墜落〉という文字が画面右上に出ていた。リポーターが現地から報じている。どこかで墜落事故が起きたのか……と、一騎がぼんやり見ていると、「霞ヶ浦」というよく知っている地名が飛び出した。茨城県南部の湖で、上から見るとザリガニかクワガタムシのような形をしている。つくば市からさほど遠くない。
「……墜落したのは陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地を飛び立ったばかりの、大型輸送用ヘリCH-47Jチヌークです。目撃者の話によりますと、土浦市上空を飛行していたヘリコプターに、西の方向から飛んできた火球――火の玉が接触したとのことです。火球はヘリコプターより大きく、青い色をしていて、夕方の空でも燃えるように輝いていたのが見えたそうです。ヘリは炎上して霞ヶ浦西部に墜落し、水中に没しました。火球も霞ヶ浦の中央、志戸崎の沖あたりに落下したのが目撃されています。中央天文台の話では、この火球は大きな隕石の可能性があるとのことです。
陸上自衛隊では、救助用のヘリを出動させ、五名の乗員を捜索するとともに……」
レポーターは霞ヶ浦の湖岸のどこかに立っているようだ。背景の暗い夜空には、ヘリコプターらしき光点が何個も舞っている。レンズに水滴がついており、雨がぱらついているのが分かった。
「霞ヶ浦駐屯地……?」
一騎の脳裏に昼間の話がよみがえった。確かヒメをいったん霞ヶ浦駐屯地に移し、そこから北海道に運ぶと言っていなかったか。もしかして、墜落した輸送用ヘリの中には……?
母のメールにあった「緊急の用件」というのは、このことなのか。
その時、またも一騎は、あの声をはっきりと耳にした。
(来て)
明らかに亜紀子の声とは違う、すがるような少女の声だった。
「くわー!」一騎は頭を押さえてうめいた。「何だ、これ? 女の子のこと考えすぎて、頭が変になったのか?」
声はそれからも数分おきに、何度も聞こえた。(来て)(来て)と、優しいが切実な声で懇願している。耳をふさいでも意味はなかった。耳元でささやくようであるにもかかわらず、ずっと遠くから聞こえるような気もする。
女の子が誘う幻聴が聞こえるようになるとは、これもまた青春というものか――と、一騎はギャグに逃避しようとした。しかし、声はしつこく続く。
(来て)
(早く来て)
(あなたの助けが必要なのです)
(早く来て)
幻聴じゃないとしたら超常現象だ。オカルト研究家の出番か。だが、この時間に相談を受けつけてくれるオカルト研究家がいるとは思えない。
母にも相談できない。墜落事故の件で忙しいに違いないからだ。「女の子の声が聞こえるんだ」などと、わけの分からない相談事を持ちかけることなどできるわけがない。級友たちに電話をかけても、真剣に受け取ってくれそうにない。亜紀子? 問題外だ。
自分でどうにかするしかない。
声の方向ははっきりしていた。東――つまり霞ヶ浦の方向からだ。
「ああ、分かったよ! 行ってやるよ!」
一騎はやけくそ気味に叫んだ。さっぱりわけが分からなかったが、どうせ眠れなくてむしゃくしゃしているのだ。真夜中の街をクロスバイクでかっ飛ばすというのもいいかもしれない。
それもまた一五の青春だ。
五月とはいえまだ夜は肌寒いし、小雨も降っている。ジーンズにスウェットのパーカー、さらに雨よけのポンチョをかぶり、一騎はペダルを蹴って夜の街に走り出した。
つくば駅の近くで左折し、国道24号線を東に走る。そこから霞ヶ浦に面した土浦市まで、約八キロ。
「どりゃああああ!」
一騎はペダルを漕ぎまくった。幸い、雨はそんなに強くなく、ポンチョで十分に防げたので、びしょ濡れになることはなかった。
走ること数十分。国道24号線は土浦市に入り、霞ヶ浦に注ぐ桜川を渡る。さらに東南東に直進すること約二キロ、常磐線つちうら駅に突き当たる。霞ヶ浦はもうこのすぐ向こうのはずだが、駅が立ちはだかっている。
一騎もこのあたりの地理にはうとい。駅を北に迂回すべきか南に迂回すべきか……と思案していると、また(こっち)という声が聞こえた。真正面より、やや右手から聞こえたような気がする。一騎はそれに従った。総合福祉会館の前の十字路で右折する。
再び桜川を北から南へと渡り、左にターン。川沿いの道を東へとひた走る。水郷橋を通り過ぎたあたりで、ようやく前方に桜川の河口が見えてきた。
ついに霞ヶ浦に出た。全力で漕いできたので、脚がかなり疲れてきている。ペースを落とし、湖岸に沿った道をゆっくりと南下しながら、湖の様子を観察する。
行方不明者の捜索はまだ続いているらしい。小雨にぼやけた視界の彼方、岸から何キロも離れた湖の上で、ボートの明かりらしいものがいくつもゆらめいている。その上に浮かんでいる光はヘリコプターだろうか。ホバリングしながら黒い湖面に細いライトの光条を投げかけているようだが、この距離と小雨のせいで、細部はさっぱり分からない。
幅四〇メートルほどの備前川を渡った時、一騎は〈霞ヶ浦総合公園〉という標識に気づいた。小学生の頃、一度だけ遊びに来たことがある。飛行船の形をした遊具が楽しかったのを覚えている。
南へ一直線に続く道路は、公園を二分している。左側、つまり霞ヶ浦に面した側には、国民宿舎が建っており、一時的に一騎の視界をさえぎった。そこを通り過ぎると、市制五〇周年を記念して造られたこの公園のシンボル、展望台を兼ねたオランダ型の風車がある。休日の昼間は賑わうのだが、この時刻ではさすがに人影はどこにもない。
風車を過ぎると、再び視界が広がった。一騎は思いきって水生植物園の横に自転車を停め、ゆるい傾斜を下って、湖岸に駆け寄った。
水辺の濡れた草地に、倒れるようにして座りこんだ。さすがにもうへとへとだった。ジーンズの尻に水が染みこみ、気持ち悪い。だが当分、移動したいと思わない。
湖上では依然として捜索活動が続いているらしい。一騎はポケットに入れてきたHiPフォンを開いて、デジタル放送のニュース番組を受信した。だが、その後の展開はないようだ。
「……ちくしょう……」一騎はぼやいた。「ここまで来たのに、何もなかったらただじゃおかないぞ……」
それに答えるように、また声が聞こえた。
(ごめんなさい)
「は?」
(そこから離れてください)
「離れろ?」
(はい。そこから遠くに移動してください。すぐに)
「何だよ、それ!?」
一騎はさすがにかちんと来た。疲れを押して立ち上がり、小雨の降る湖に向けて声を張り上げる。
「ここまで呼んでおいて、今さら離れろ!? お前も亜紀子と同じかよ!? 近づいてきておいて、突き放すのかよ!?」
(違います)少女の声は冷静に答えた。(これからそのあたりが戦場になるからです)
「は? 戦場?」
きょとんとなる一騎。その時、彼の目に入ったものがあった。
暗い湖に、ボートやヘリとは別の光が見える。距離はずっと近く、ちらちらと不規則に明滅している。それが湖面上にあるのではないことに、一騎は気づいた。水面下で青い光がゆらめいているのだ。
光源はどんどん近づいてきた。真上の水面が揺れており、光をひどく屈折させているために、形を見きわめるのは難しい。だが、かなり大きなものであることは察しがついた。その頃になってようやく、一騎の心に不安がこみ上げてきた。
光源は岸から数十メートルにまで接近した。湖面が激しく波立ちはじめる。光を放つ物体が浮かび上がってきたのだ。一騎は危機を感じ、そろそろと後ずさった。
次の瞬間、派手に水柱を上げ、何か大きなものが水面から躍り上がった。
「うわあ!?」
一騎は驚愕のあまり足を滑らせ、草の上で尻餅をついた。
それは蛇のように細長い生物だった。水面から突き出た鎌首の部分だけでも、ゆうに一〇メートル以上ある。だが、爬虫類ではなさそうだった。鱗が無く、ナメクジのような白くのっぺりとした皮膚に覆われているのだ。首の側面には旅客機の窓のような四角い器官が並び、青い光をネオンサインのように明滅させている。
そいつは重々しく体をくねらせ、湖岸に這い上がってきた。首の後ろには樽のような胴体が続いているが、手足らしきものは見えない。ツチノコに似た体型だが、大きさはまるで違う。胴のさらに後ろには、ムチのように長い尻尾が躍っている。全長は一〇〇メートルに達しそうだ。
「わっ!? あ!? あ!?」
一騎の声は、恐怖と驚きのあまり言葉にならなかった。起き上がろうとするのだが、草で滑って思うように動けない。怪獣は長い首を高々と持ち上げ、草の上でもがいている少年を見下ろした。
いや、「見た」と言っていいのだろうか。アホロートルの幼生を思わせるのっぺりとしたその頭部には、眼が無いのだ。顔であれば眼のあるべき場所からは、一対の細長いヒゲかアンテナのようなものが生え、空中にぶらぶら揺れている。実際、それは電波を送受信するアンテナか、それに類する器官だと思われた。なぜなら、光による視覚を持たないにもかかわらず、そいつには一騎の位置が正確に分かっているようなのだ。
顔面に水平の亀裂が生じ、それが上下に裂けて口が現われた。亀裂の端は、爬虫類なら顎の関節があるはずの位置を通り過ぎ、さらに後方に伸びた。先端から端まで三メートルはありそうな口が、ぱっくりと開く。シャーッという声が洩れる。口の内側には歯ではなくタコの触手のようなものがびっしりと生え、奥の方は青く光っていた。
そいつは鎌首を振り下ろし、一騎にかぶりつこうとした。「ひいっ!?」一騎は顔を腕でかばい、死を覚悟した。
だが、いつまで経っても怪獣は噛みつこうとしない。
不思議に思って恐る恐る顔を上げた一騎は、その理由を理解した。
巨大な白い手が、怪獣の首をわしづかみにしているのだ。それが怪獣を引き戻そうとしている。怪獣はもがくが、手の力の方が強く、じりじりと一騎から引き離されてゆく。手は長さ一〇メートル以上ある巨大な腕につながっており、その腕の根元には――
巨大な少女の顔があった。湖から上がってきたばかりのびしょ濡れで、髪は海草のように額や頬に貼りついている。
「ぐあう!」
ヒメは吠えた。腰を低くして、巨木のような両脚を踏ん張り、全力をこめて怪獣をひきずり戻す。怪獣はなすすべもなく、何十メートルもひきずられていった。その間に一騎は茫然自失状態から脱し、傾斜を駆け上がって、車道の方まで逃げていった。
頭の中で悲鳴が聞こえた。立ち止まって振り返ると、戦局は一変していた。怪獣は長い尻尾を身長二〇メートル以上の少女の裸身にからませ、締め上げている。少女は苦悶の表情を浮かべ、全身を震わせていた。その体のあちこちで、青いスパークが走るのが見えた。
電気だ、と一騎は直感した。あの怪獣はデンキウナギのように高圧電流を武器に使うのだ。いくらヒメの巨体でも、濡れていたら電気はけっこうきついだろう……。
ヒメは反撃に転じた。どうにか腕だけを自由にし、かぶりつこうとしてきた怪獣の頭をつかんだ。それを地面に向かって振り下ろす。ばーんという大きな音がして、怪獣の頭が大地に激突し、泥が派手に飛び散った。
それを三回繰り返すと、怪獣の尻尾はようやく束縛をゆるめた。ヒメは尻尾を振りほどき怪獣の腹を蹴飛ばした。怪獣は慌てて距離を取る。
しとしとと降る雨の中、巨大な二匹の怪獣は対峙した。蛇のような怪獣は、尻尾の力で体を支えて、コブラのように胴を垂直に立ち上がらせた。その頭部は、ヒメの身長よりさらに何メートルも高い位置にある。
怪獣は頭を下げ、ヒメに噛みつこうとする。時おり尻尾を大きく振り回して、ヒメの体にからみつかせようとする。しかし、ヒメは同じ手は食わない。巨体に似合わぬ運動性で、頭部の攻撃はスウェーしてかわし、尻尾の攻撃は縄跳びのようにジャンプして避けつつ、隙を見て怪獣の腹部にパンチやキックを叩きこむ。そのたびに、大太鼓を打つような低い音が轟いた。蛇のような怪獣の方が押されており、水生植物園を踏みにじりながら、オランダ型風車の方にじりじりと後退してゆく。
「あのアンテナだ!」
届くかどうか分からなかったが、一騎は必死に叫んだ。
「あれが奴の眼だ! 引き抜け!」
そのアドバイスはヒメに届いたらしい。怪獣が何度目かのかぶりつきを試みた時、ヒメは腕を伸ばしてアンテナの一本をつかんだ。はずみをつけて飛びすさり、その勢いを利用して引き抜く。石鹸水のように泡だつ透明な体液が飛び散った。
怪獣はシャーッという悲鳴を上げてのたうち回った。かなりの激痛らしい。首の側面の青い光が、ランダムにめまぐるしく明滅する。尻尾が激しく空中を跳ね回り、ヒメはしばらく近づけなかった。
怪獣は風車の前でいったんうずくまった。一騎の目には、すでに敗色濃厚に見えた。だが、依然として闘争本能の火は消えていないようだ。片方しか残っていないアンテナを、威嚇するようにぶんぶん振り回している。ヒメの位置を探っているのだろう。
怪獣はとぐろを巻いていた尻尾をぴんと伸ばし、バネのように跳躍した。痛みのあまり自暴自棄になったのだろうか。大きな放物線を描いて一〇〇メートル以上の距離を跳び、ヒメに体当たりを敢行する。
だが、ヒメはそれを待ち受けていた。怪獣より一瞬遅れて大地を蹴って踏みこみ、真正面から突っこんでくる怪獣の顔面に、正確なストレートのカウンターを打ちこんだ。
ばあん!
ひときわ大きな衝突音とともに、怪獣は派手に吹き飛ばされた。ヒメの長い髪が宙に舞い、大量の雨粒をはじき飛ばす。
怪獣は風車に激突し、倒壊させた。十字形の風車が落ちてきて、怪獣の上にのしかかる。さっきの強烈なパンチは、顔面を潰し、残ったもう一方のアンテナもへし折っていた。首の側面の光が弱まっている。もはや視覚を失った怪獣は、激痛に苦しみ、のたうちもがくことしかできなくなった。
ヒメは両手を大きく頭上に差し伸べ、Yの字のようなポーズを取った。その手の平から青白い光の粒子があふれ出したかと思うと、高速で回転して円盤状に変形する。
直径五メートルほどにもなった二個の光の円盤を、ヒメは怪獣に向かって時間差で投げつけた。垂直姿勢で飛んでいった一個目の円盤は、長い尻尾を根元から切断した。すさまじい切れ味だ。怪獣が痛みのあまり頭を持ち上げた瞬間、二個目の円盤が首を切断した。
怪獣の頭がぽろりと落ちた。断面から激しく泡があふれ出す。怪獣の胴体は横倒しになったが、それでもしばらくは体をぴくぴくと震わせ、のたうち続けた。
一騎は呆然と見ていた。怪獣の動きがしだいに緩慢になってゆくのを。首から放つ光が弱まってゆくのを。一分ほどすると、完全に動きは止まり、光も消えた。
いつの間にか雨は止んでいた。
(お怪我はありませんでしたか?)
少女の声がすぐ後ろでした。驚いて振り返ると、ほんの数メートルしか離れていない路上に、人間サイズに戻ったヒメが立っていた。体重を片脚にかけ、右手を腰に当てて、ちょっと気取ったポーズで微笑んでいる。
その白く美しい体には、一片の布もまとっていない。
(申し訳ありません。ご協力を仰ごうと思ってお呼びしたのですが、戦いに巻きこんでしまって……)
「うわっ!? わわわわわ!」
一騎は慌てて顔をそむけた。巨大化していた間のヒメは、あまりにも人間離れしていたし、戦いの趨勢が気になったので、エロスを感じている余裕などなかった。だが、戦いが終わり、こうして自分と同じ大きさの少女の裸身を間近で見ると……。
(ああ、ごめんなさい。忘れていました)ヒメはおかしそうに言った。(人間は異性が衣服を着ていない姿を見ると動揺するのでしたね――すみませんが、どこかで私のための衣服を調達していただけませんか?)
(つづく)
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