Web東京創元社マガジン

〈Web東京創元社マガジン〉は、ミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーの専門出版社・東京創元社が贈るウェブマガジンです。平日はほぼ毎日更新しています。  創刊は2006年3月8日。最初はwww.tsogen.co.jp内に設けられました。創刊時からの看板エッセイが「桜庭一樹読書日記」。桜庭さんの読書通を全国に知らしめ、14年5月までつづくことになった人気連載です。  〈Webミステリーズ!〉という名称はもちろん、そのころ創刊後3年を迎えようとしていた、弊社の隔月刊ミステリ専門誌〈ミステリーズ!〉にちなみます。それのWeb版の意味ですが、内容的に重なり合うことはほとんどありませんでした。  09年4月6日に、東京創元社サイトを5年ぶりに全面リニューアルしたことに伴い、現在のURLを取得し、独立したウェブマガジンとしました。  それまで東京創元社サイトに掲載していた、編集者執筆による無署名の紹介記事「本の話題」も、〈Webミステリーズ!〉のコーナーとして統合しました。また、他社提供のプレゼント品コーナーも設置しました。  創作も数多く掲載、連載し、とくに山本弘さんの代表作となった『MM9―invasion―』『MM9―destruction―』や《BISビブリオバトル部》シリーズ第1部、第2部は〈Webミステリーズ!〉に連載されたものです。  紙版〈ミステリーズ!〉との連動としては、リニューアル号となる09年4月更新号では、湊かなえさんの連載小説の第1回を掲載しました(09年10月末日まで限定公開)。  2009年4月10日/2016年3月7日 編集部

【読者プレゼント】朗読劇「タルト・タタンの夢」出演者インタビュー&著者・出演者サイン入り単行本を3名様にプレゼント!


このキャンペーンは終了しました。
たくさんのご応募ありがとうございました。


 小さなフレンチ・レストラン〈ビストロ・パ・マル〉を舞台にした近藤史恵先生の人気シリーズ『タルト・タタンの夢』『ヴァン・ショーをあなたに』をテキストに使用した、人気声優による朗読イベント「キキコトバ」の第1回公演が、いよいよ今月2月17日(水)に迫ってきました。

 東京創元社編集部では先日、リハーサル直後の出演者の皆さんにいろいろとお話をうかがってきましたので、その模様をお伝えします。

  菅沼久義(ギャルソン・高築智行役)
  銀河万丈(シェフ・三舟忍役)
  緑川 光(料理人・志村洋二役)
  浅野真澄(ソムリエ・金子ゆき役)
  置鮎龍太郎(客・脇田役)

キキコトバ第1回キャスト
キキコトバ第1回キャスト
――今回の公演は朗読劇ということですが、皆さんはどのくらい朗読劇の経験があるのでしょうか。また、ふだんのお仕事と違う点などはありますか?
菅沼 朗読劇は何度か経験していて、いちばん最近では去年、置鮎さんとご一緒させていただきました。ふだんの仕事と、意識して変えていることはあまりないですね。
緑川 いろいろなイベントで朗読をする機会も多いので、けっこう経験はあるほうですが、マイクなしでおこなう演劇とは違い、朗読はマイクを使いますので、ふだんの仕事との違いはそれほどないですね。
浅野 わたしは朗読劇どころか、舞台でのお芝居自体が初めてなので、どういうことになるのかドキドキしています。
銀河 もともと、ラジオドラマがやりたくて声の仕事を始めたようなところがあったので、朗読劇も何度かやっています。ひとりでの読み語りイベントも、毎月おこなっておりますし。ふだんと勝手が違うことを挙げると、小説というものは、声に出されることが前提になっていない文章のつながりなので、カギカッコのなかにあってもどこか書き言葉なんですね。それをセリフとして違和感なく聴かせられたらいいな、と思っております。
置鮎 朗読劇の経験は皆無ではないですけど、決して多くはないですね。銀河さんもおっしゃってましたけど、読み聞かせるために書かれた文章ではないので、いっそう言葉を大事に伝えなければならないということ、お客さんとのあいだに空間が存在しているということが、ふだんの仕事との違いだと認識しています。

高築役:菅沼久義
高築役:菅沼久義
――リハーサルを終えて、ここは気をつけたいと思われた点はありますか?
菅沼 今回の作品では物語の進行役も兼ねているので、地の文も読むのですが、あらかじめ言われて覚悟していた以上にこれが大変で。責任重大ですが、その分、やり甲斐も大きいので、皆さんの力を借りつつがんばりたいです。まずは、セリフを噛まないことですね(笑)。
浅野 短編集のなかの一エピソードだけを抜き出すことになるので、公演で初めてこの作品に触れるお客様に、自分のキャラクターをいかに伝えられるかを課題にしようと思いました。
銀河 探偵役ということもあって、前半あまりしゃべらないので、最初の出番からくっきりと人物像を伝えていかないといけないな、と感じました。
置鮎 ぼくの役は一話かぎりのゲストですが、お店の皆さんにとっても一回目なので、同じ緊張感で臨みたいです。脇田の悩みが観客にしっかり伝わるように、がんばります。

――この作品ではフランス料理店が舞台となりますが、ふだん料理はどんなものを召しあがったり、作られたりしていますか?
三舟シェフ役:銀河万丈 hspace=
三舟シェフ役:銀河万丈
菅沼 自分では料理をしないので外食がほとんどなのですが、栄養バランスのいい食事をとろうと心がけています。お母さんの味がするような定食屋を利用するようにしたりとか。
浅野 フランス料理は年に数回食べる程度なのですが、ほかの料理に比べてアートらしいというか、これ何でできてるんだろう? と感心することが多い印象があります。わたしもふだんはあまり料理をしないので、菅沼さんのように定食屋さんのお世話になることが多いですね。
銀河 ナイフ、フォークはあまり得意ではないので、毎日食べるとなるとため息が出そうになりますね。ごはんに味噌汁、あとは美味しい古漬けがあればそれで充分です。台所にいるのは嫌いじゃないですが、料理と呼べるようなものはとてもとても……。名もない料理を作り、粗食に徹しております。
志村役:緑川光
志村役:緑川光
緑川 ふだん好きで食べてるのは、ハンバーグとかカレーなんですけど、この仕事のおかげで興味が出てきました。この〈ビストロ・パ・マル〉みたいに、気軽にはいれる店なら行ってみたいですね。きょうもここへ来る前に、ちょっとした料理を売ってるお店があったので、食べてはきたんですけど……ハムのサンドイッチを(笑)。
置鮎 ぼくもカレーがあれば生きていける人間なのですが(笑)、フランス料理は知識があると楽しいだろうなとは思います。かしこまったものよりは、家庭料理風のものをたくさん食べたいですね。

――ではもし、実際にフランス料理店に勤めることになったら、どんな仕事をしたいですか?
菅沼 料理はまったくできないので、まずはお店の掃除から。一から勉強します。
置鮎 喫茶店でウエイターをやったことはあるので、少しでも役に立つのであればギャルソンをやってみたいです。
金子役:浅野真澄
金子役:浅野真澄
浅野 わたしもギャルソンですね。昔、すごく好きだったドラマ「王様のレストラン」で、松本幸四郎さんが演じたようなギャルソンが理想です。料理の説明がなめらかにできたり、一度に何枚もお皿が持てたり、店内を身のこなし軽く動いたりとかできたりとか……憧れます。
緑川 自分が従業員なんて考えられないし、やりたくないんですけど、印象だけならソムリエがかっこいいですね。
銀河 皿洗いをやったら割って仕事を増やしそうな気はするし……ソムリエはたしかにかっこよさそうですが、自分ひとりで何本も飲んでしまいそうなのが怖いですね(笑)。

――それでは最後に、今回の公演にかける意気ごみを教えてください。
浅野 この作品を読んでフランス料理に興味が湧いたので、聴きにきてくださったかたにも興味を持ってもらえるよう、わたしが読んだときに感じた気持ちを伝えられたらなと思います。初めての朗読劇、がんばります。
緑川 それほど口数の多いキャラクターではないので、セリフは限られますが、そのなかでいかに存在感を出せるか、劇全体をいいものにするために花を添えられるようにしたいです。
脇田役:置鮎龍太郎
脇田役:置鮎龍太郎
置鮎 何百人も入る会場での朗読なので、小さくまとまらないようにしたいですね。あとは、お店のすばらしさが引き立つように悩みたいと思います(笑)。
菅沼 自分でもびっくりするくらいの大役で、現時点ではプレッシャーのほうが大きいんですが、当日はぼくも観客と一緒に楽しみながら演じられたらと思います。
銀河 この〈ビストロ・パ・マル〉という店がすばらしいところだとわかってもらえるよう、具体的・立体的に聞こえるようにチームワークを高めていきたいです。「こんなお店に行きたい」とお客さんに思わせられたら、われわれの勝ちですね。

――本日はありがとうございました。

       (2010年1月20日、青ニプロダクション会議室にて収録)

「キキコトバ」第1回公演のチケットは、現在インターネットチケットショップ「イープラス」にて 好評発売中です。

■「キキコトバ」第1回「タルト・タタンの夢~オッソ・イラティをめぐる不和~」
日時:2010年2月17日(水) 19:00開演
会場:シアターGロッソ
    東京都文京区後楽1-3-61
http://eplus.jp/sys/T1U21P0421120014
原作:近藤史恵『タルト・タタンの夢』
出演:菅沼久義、銀河万丈、緑川光、浅野真澄、置鮎龍太郎

詳細は下記の特集記事もご覧ください。
http://sp.eplus.jp/event/2009/12/e-8384.html

* * * *

著者・出演者サイン入り『タルト・タタンの夢』単行本を3名様にプレゼントします!

キャストサイン見本
キャストサイン見本
プレゼント応募要項

今回の公演を記念して、『タルト・タタンの夢』単行本に、近藤史恵先生と出演者5人、計6名のサインを入れて、3名様にプレゼントします。ご希望のかたは、下の応募フォームよりお申し込みください。プレゼント選択ラジオボタン「『タルト・タタンの夢』サイン本プレゼント」をチェックしてください。ご応募多数の場合は抽選となります。当選発表は、チケットの発送をもって代えさせていただきます。

 

お申し込み締切 2010年3月4日(木)


菅沼久義(すがぬま・ひさよし)
主な出演作:「テガミバチ」コナー・クルフ役、「怪談レストラン」タクマ役、「夏目友人帳」北本篤史役、「サクラ大戦ニューヨーク・紐育」大河新次郎役、「真・三國無双」シリーズ 孫権、姜維役など。
銀河万丈(ぎんが・ばんじょう)
主な出演作:「開運!なんでも鑑定団」ナレーション、「機動戦士ガンダム」ギレン・ザビ役、「タッチ」原田正平役、「サイボーグ009」005/ジェロニモ・ジュニア役、「北斗の拳」初代ナレーター、サウザー役など。
緑川光(みどりかわ・ひかる)
主な出演作:「新機動戦記ガンダムW」ヒイロ・ユイ役、「SLAM DUNK」流川楓役、「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」新条直輝役、「ドラゴンボール改」天津飯役、「スレイヤーズ」ゼルガディス=グレイワーズ役など。
浅野真澄(あさの・ますみ)
主な出演作:「怪談レストラン」佐久間レイコ役、「一騎当千」 孫策伯符役、「私の頭の中の消しゴム」チョンウン役、「バスカッシュ!」ミユキ・アユカワ役、「咲-Saki-」藤田靖子役など。
置鮎龍太郎(おきあゆ・りょうたろう)
主な出演作:「テニスの王子様」手塚国光役、「SLAM DUNK」三井寿役、「BLEACH」朽木白哉役、「機動戦士ガンダムSEED」アンドリュー・バルトフェルド役、「新機動戦記ガンダムW」トレーズ・クシュリナーダ役、「CLANNAD-クラナド-」古河秋生役など。
(2009年2月5日)


ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!

短編ミステリ読みかえ史 【第11回】(2/2)  小森収




 ウールリッチの小説を読んでしばしば感じるのは、警察の無力ということです。主人公に脅威を与える人物に対して、警察は役に立たない。ストーリイの都合上、そうでなければならないのですが、こんなに役に立たなくていいものなのか。そこで思い出すのがパール・バックの短編「身代金」です。『犯罪文学傑作選』のところで出てきましたね。さらに遡れば、アンブローズ・ビアスのいた19世紀のアメリカを思い出してみましょう。ウールリッチが想定しうる警察は、案外無力だったのかもしれません。
 もちろん、ウールリッチが警察の実力を正確に反映しているというわけではありません。むしろ、印象だけで判断すると、そのあたりいい加減な気がします。ただ、無力な警察を許す社会と読者が存在したであろうとは言えるでしょう。そうした俗世間の印象と結託する。ウールリッチの通俗性というのは、そういうところに顕著なのだと思います。それが証拠に、ウールリッチによく出てくるのは、個人的に主人公に協力し助けてくれる警察官です。「妻がいなくなるとき」「アリスが消えた」「階下で待ってて」「マネキンさん今晩は」「天使の顔」「眼」「送っていくよ、キャスリーン」「靴」と、枚挙にいとまがありません。警察官の捜査力はまことに便利ですが、警察の活躍で解決はさせたくない。結果、突然、警察官のひとりが助けてくれるのです。

 さきほど、ウールリッチは短命な量産家と書きました。数年前に白亜書房から出たコーネル・ウールリッチ傑作短編集(全5巻プラス別巻1)の第1巻『砂糖とダイヤモンド』 には、全作品リストがついていて重宝します。それによると、1935年から39年までの5年間で122の短編を書いていて、この間は1か月に2編というペースです。40年代に入ると数が半減し、44年以降は年に数編となり、やがて作品のない年が出てきます。もっとも、40年の『黒衣の花嫁』を皮切りに、51年の『死刑執行人のセレナーデ』 までは、ほぼ毎年長編を発表していますから、40年代は長編の時代ということになるでしょう。
 30年代の数年間の量産ぶりを見ると、ある程度パターン化した類似作が書かれているのも無理からぬことであると同時に、ヴァラエティに富んだものになっていることも、当然のことのように感じます。似たような形式ばかりで、こなしきれる数ではありません。
 親しい相手を助けるという同じパターンながら、父親の殺した義母の死体を始末すべく息子が奮闘する「死体をはこぶ若者」は、コミカルなクライムストーリイですし、金に困って、もとの雇い主に頼り、断られて殺すというパターンは、シリアスなクライムストーリイで、くり返し用いられました(「毒食わば皿まで」「さらばニューヨーク」ヴァリエーションとして「妄執の影」)。大不況下であることを思い出させますね。
 ウールリッチにも、犯罪を犯す人間を主人公とした小説が、かなりあります。しかし、犯罪者を描いたと言えるのは、ギャングが金でアリバイを買う「七人目のアリバイ」や、逃走するギャングとなった息子を盲目の母親の側から描く「セントルイス・ブルース」といった、例外的な作品です。「わたしが死んだ夜」に典型的なように、市井の善人がなにかの拍子に悪事に手を染める。というよりも、なにか見えない力に追いやられるように犯罪を犯す。さらに、その犯行のために彼や彼女の生活は一変し狂っていく。主体的に悪事に走るというよりは、押し流されるように犯罪者となり、さながら何者か(運命でしょうかね)の被害者であるかのようです。このあたり、クライム・ストーリイを書いても、主人公に同情と覚えさせるサスペンスストーリイと見まがうようになっています。おそらく、ウールリッチにとっては、被害者であろうが加害者であろうが、法を守る側であろうが破る側であろうが、そんなことは関係がない。主人公が窮地におちいることが必要なのでしょう。それも「モントリオールの一夜」のような、主体的に困難に飛び込んでいく(まったく知人のいない外国の都市で、徒手空拳のまま金を作れるかどうか賭けをする。冒険物語は有閑階級の暇つぶしとして発達したという各務三郎さんの指摘を思い出します)ものは、ウールリッチの中では例外に属します。「睡眠口座」のような、ある種の計画的犯行で金をせしめようとする主人公でさえ、のっぴきならない立場に追い込まれたことを強調するのです。
「睡眠口座」はウールリッチの特徴がよく出た短編と言えるでしょう。イチかバチかの詐欺に駆り立てられた主人公は、みごと他人になりすまして大金をせしめますが、その瞬間から身の回りで事件が起きる。小説作りの面から考えると、主人公の犯行方法はひとつのアイデアでしょうが、そこから派生する不可解な事件の連続に重点はあります。その不可解さに主人公ともども読者も引きずりまわされますが、読後落ち着いて考えると、主人公を助ける男の行動は突飛なことだらけです。彼に焦点をあてて話を創っていれば、それはそれで、奇妙なクライムストーリイになったのかもしれませんが、出来上がったものは、主人公を窮地に陥れようとする、作者の側の都合だけで話を作った小説になってしまいました。解決のことなど考えずに書き進めているのではないかと考えることが、ウールリッチを読んでいて、私にはよくあります。初めに書いたように、不可解さの提出とそれに伴うサスペンスの盛り上げは上手くても、解決をつける手際が悪いという特徴は、ディテクションの小説であろうと、サスペンスストーリイであろうと、クライムストーリイであろうと、共通しているのです。
 本当のことを言うと、孤独に対するウールリッチの感覚というのも、私はいささか眉に唾をつけています。ウールリッチの描く、互いを信頼している(出来ている)カップルの間には、いささかのすれ違いもありません。「バスで帰ろう」『暁の死線』の原型ですね)の冒頭の強引さを見てください。先に指摘した、突然助けてくれる警官たちが、主人公を信頼する段取りの簡単なこと。孤独をいやす信頼のなんと簡単で単純なことでしょう。たとえば、同じサスペンス小説でも、B・S・バリンジャー『赤毛の男の妻』の、赤毛の男とその妻の間にあるすれ違い(しかし、ふたりは信頼しあっています)と比較してみてください。ウールリッチとバリンジャーの間で、サスペンスストーリイがそれだけ進歩した(10~20年の差がありますからね)のだという、見方もあるでしょうが、私には、肝心なところで踏み込まずに妥協する、ウールリッチの通俗性がここにも透けて見えるように思えるのです。
 もう一点、ウールリッチの短編には、異常者の犯人を登場させたものが多いという特徴があります。このことも、ウールリッチの通俗性と、ときとしてその弊害を示すものと、私には見えます。それについてと、そして、それらの弱点を抱えたストレイトノヴェル作家くずれのミステリ作家が、どのような地平に到達しえたのかは、来月書くことにしましょう。


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『小劇場が燃えていた』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』等がある。


ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!

短編ミステリ読みかえ史 【第11回】(1/2)  小森収




 コーネル・ウールリッチ別名ウィリアム・アイリッシュは、30年代にパルプマガジンの作家として登場し、40年代の長編ミステリで名を残しました。作家としての出発は20年代でしたが、成功とは言えない一瞬の脚光を浴びたのち、雌伏のときを過ごして再起したことは、前回触れました。日本が戦争に負けたのち、戦時中のブランクを埋めるべく海外のミステリが紹介されていったとき、もっとも熱烈に読まれ語られたのが、このウールリッチです。一番有名なのは、乱歩が『幻の女』に興奮したというエピソードでしょう。実際、1961年までには、長編の紹介がほぼ完了しています。同じことは、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーにも言えますが、異なるのは、ウールリッチは短編がいくつも翻訳されていることです。大部分は50年代に早川のポケミスに収録されることになりますが、都筑道夫が当時ウールリッチを好んでいたことを差し引いても、厚遇を受けていると言えるでしょう。ハメットやチャンドラーが、短編まで含めて完璧を期すかのように紹介されていくのは、60年代から70年代を待たねばなりません。ウールリッチの短編は数が多く、現在も未訳のものが多数あり、おそらく訳す価値のないものも多いのでしょうが、宝石・別冊宝石の時代から、EQMM、ヒッチコックマガジン、マンハントの三誌鼎立時代を通じて、ウールリッチの短編が読まれていたのは、まぎれもない事実なのです。
 ウールリッチは都会の孤独感を感じさせる文章と、強烈なサスペンスによって評価されました。文章については原文を読んだことがありませんから、措いておくとしても、戦後も10年以上を経て生まれた私には、当時の熱っぽさには、よく分からないところがある。私がミステリに足を踏み入れた1970年前後は、ウールリッチの多くは入手が簡単ではなくて、創元推理文庫の『暁の死線』『黒いカーテン』だったか『黒いアリバイ』だったかを、書店で見かけることが出来た程度です。76年に稲葉明雄が、精選作品集として、『さらばニューヨーク』を晶文社から出したときも、なにをいまさらと思ったものです(不遜でした)。ただ、その熱気の恩恵を蒙ったフシがあるのは、子ども向けの翻訳で、ウールリッチの長短編に接しているのです。『幻の女』からして、そうです。そうしたものは、おそらく戦後すぐにウールリッチを読んだ人たちによって、ミステリの第一歩として適すると考えられたのでしょう。長短編というのがミソです。ホームズ、ルパンは例外として、子ども向け翻訳でも多くは長編だったところに、ウールリッチに関しては、短編がいくつも訳されていたのです。
 こうした受け入れられやすさは、作品の質もさることながら、ウールリッチの持つ通俗性が大きいと思います。なにより分かりやすい。にもかかわらず、その筆致は悪く凝ることもなく、しかし、描き方に一工夫はある。後述しますが、ウールリッチの執筆期間は、その量に比して驚くほど短く、短命な量産家でした。前回の門野さんとの会話にも出たとおり、ウールリッチがミステリを書くようになったのは、偶然に近かったのでしょう。謎を組み立て、小説として構成し、それを作中人物に魅力的に解明させるという、ミステリの基本的な段取りは、決して上手ではありませんでした。とくに解決の部分は、唐突な自白に頼ったり、警察が解決後に分かったことを説明する形をとったりと、安易なことがしばしばです。傑作ないしは代表作と目されている「晩餐後の物語」でさえ、犯人の最後の自白は都合のよさを感じさせます。といった具合に、後者のふたつの点では破綻することも多く、そこが破綻してしまえば、最初の謎がどんなに魅力的に組み立てられても、意味を失います。

 ウールリッチの最初のミステリ短編は「診察室の罠」で、1934年の作品です。罠に落ちた歯科医の友人を救うために主人公が真犯人を推理する、ディテクションの小説です。自分が治療したばかりの患者が治療台に坐ったまま毒殺されてしまうという、それなりに魅了的な始まり方をしますが、結局は、パッとしない毒殺トリックを強引な動機とからませた平凡な作品でした。ウールリッチはサスペンス小説の作家と評されますが、それは探偵が推理する小説を書いていないのではなくて、そういう小説はつまらないものが多い、もしくは、そうした小説の場合でも、それ以外のところに美点が多いということです。しかし、嫌疑をかけられた歯科医を、主人公であるその友人が救おうとする、最初の短編で用いられたこのパターンは、『幻の女』その他に現われる、ウールリッチの十八番となりました。
 親しい人のために困難な状況に身を置く、あるいは進んで窮地に陥るというパターンは、手をかえ品をかえくり返されます。「ガラスの目玉」の少年は、父親の刑事(失職の危機にさらされているらしい)の手柄になるかもしれないと、自分ひとりだけが気づいているであろう犯罪者を追跡し逆襲されます。同僚のダンサーが殺された「踊り子探偵」は、自ら怪しげな客に近づきます。「天使の顔」では、弟をたぶらかす悪女が殺され、死刑執行を目前にした弟の容疑を、ヒロインがはらします。「目覚める前に死なば」の少年も刑事の息子ですが、かつて同級生の女の子が殺されたときに、その手がかりを、被害者から聞かされていたのです。そして、同じことがくり返されたとき、初めてその意味に心当たり、二度目の被害者を救うべく追跡を始めます。このパターンの短編の中では、「目覚める前に死なば」のサスペンスが強烈です。それは、ひとえに、連れ去られた被害者が、道端に書き残していくチョークの線という手がかりの持つ、イメージの喚起力(これは掛け値なしに素晴らしく、それゆえサスペンスも強烈です)に帰するところが大きいと思います。
 そして、このパターンでウールリッチを有名にしたのは、「妻がいなくなるとき」「アリスが消えた」「階下で待ってて」といった、一連の新妻失踪ものでしょう。結婚してまもなく妻が失踪し、そこで妻のことをなにひとつ知らなかったことに気づく。都会で孤独な存在だった男と女が知りあってすぐに結婚し、幸福の矢先に妻がいなくなる。孤独に対してセンシティヴだったウールリッチに、まことに合った題材だったと言えます。ただし、このパターンは夫が探偵役をつとめることになるため、謎の解明下手という弱点が露呈し、腰砕けになってしまいます。むしろ「裏窓」「非常階段」といった、シンプルに犯罪を目撃した主人公という話の方が、真犯人の逆襲から逃れられるかというサスペンスに焦点が絞られて、最後でがっかりすることがありません。ただし「裏窓」「非常階段」のサスペンスは「目覚める前に死なば」のそれの強烈さには、一歩譲ると私は思います。それはチョークという小道具の威力もありますが、「目覚める前に死なば」の少年の能動性・積極性のためでもあって、そして、そのことは彼が探偵するところから来るのですから、ことは厄介なのです。




ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
東京創元社ホームページ
記事検索
最新記事
タグクラウド
東京創元社では、メールマガジンで創元推理文庫・創元SF文庫を始めとする本の情報を定期的にお知らせしています(HTML形式、無料です)。新刊近刊や好評を頂いている「新刊サイン本予約販売」をご案内します【登録はこちらから】


オンラインストア


文庫60周年


東京創元社公式キャラクターくらり